サンタクロースの大旅行

サンタクロースの大旅行 (岩波新書)

サンタクロースの大旅行 (岩波新書)

臨床看護2000年1月号 ほんのひととき 掲載
“私はいったいどんな時代の日本を生きてきたのか,そして,今,私が生活している現代日本社会はどんな社会なのか,そういったことを考えるうえで,サンタクロースやクリスマスがキーワードの一つになると思われてしかたありません。本書で日本の家族とクリスマスとの関係を考えたのも,また,その原型を探るために17世紀のオランダ社会やアメリカ社会の歴史を考えたのも,そもそも私がサンタクロースやクリスマスに対して抱いている違和感が原点になっています。"(本書・あとがきより)

 1999年は,クリスマスから大晦日・正月にかけてミレニアム(millennium),コンピュータの「西暦2000年問題(Y2K)」と例年以上になんとなく気ぜわな年の瀬になりそうです。そのなかで,ちょっと一息つける冬休みの読書として,「サンタをめぐる謎ときツアー」という副題のついた本書をご紹介しましょう。
 去年の暮れに岩波新書から刊行されたこの本は,表紙だけみると,まるでテレビのクイズ番組のタネ本のような印象でしたが,中世ヨーロッパからアメリカ,日本,フィンランドと,サンタクロースがたどった変貌のあとを探る歴史と文化について味わいのある内容をもっています。
 著者の葛野浩昭さんは,聖心女子大学助教授で文化人類学を専門としています。1986年から1年半,フィンランド最北端ラップランドに住むサーミ人家庭に長期現地滞在調査した経験をもち,文化人類学的フィールドワーク調査を手がけています。その方法論と,長年にわたる多数のサンタを描いたクリスマスカードや切手の分析,さらには一般週刊・月刊誌の調査といった,従来の学問的方法にとらわれない新しい観点から行った「サンタクロースの人類学」という,大学での授業が本書の基盤になっています。
 葛野さんは,まずサンタの原型といわれる聖ニコラウスの中世ヨーロッパでの信仰からその歴史をたどっています。
 “中部ヨーロッパのカトリック圏の村々で行なわれている聖ニコラウス祭では子供たちの守護聖人であるニコラウスがおどろおどろしい異形の神々が姿をあらわす風習で,男鹿市のナマハゲと似た風習です。神々が年の変わり目に人間の世界を訪問する点,神々が鬼のように仮面仮装のおどろおどろしい姿をもつ点,神々が子供を脅かしたり褒美を与えたりする点,の三つの共通点をあげることができるでしょう。"
 こうした,元来は村の祭りであった聖ニコラウス祭が,ドイツさらに商人たちが支配する市民都市オランダ・アムステルダムにおいて,世俗的な家族の祭りとしての聖ニコラウス祭へと変質していきました。そして19世紀初頭に,オランダ人移民によって造られたアメリカ・ニューヨークにおいて,聖ニコラウスのオランダ語名「シンタ・クロース」がアメリカ風に発音されて「サンタクロース」になり,アメリカ国民というアイデンティティの創造(捏造)を通して,当時のニューヨーク社会ですすんでいた階層文化が生みだす社会的対立をなだめることがサンタクロースに期待された役目だったという歴史の流れを,葛野さんはわかりやすく解説しています。
 さらにはサンタクロースがどのような時代にどのようないきさつで日本を訪問したのか,そしてどのようにして日本の社会に定着してきたのかについて,雑誌記事・特集からサザエさん漫画に描かれたサンタ・クリスマスにいたる年代ごとの分析を読みながら,子供時代を振り返るのも年の瀬の読書として面白いでしょう。

 “考えてみれば,現代という時代の特徴は,現実と本物らしさが乖離していること,現実がちっとも本物らしくないことにあるのかも知れません。そしてそんな時代では,逆に本物らしいもので塗り固められた架空の世界へとワープするモデルカルチャー(模型文化)がいきおい求められるゆえんです"(本書より)