インフルエンザは征圧できるのか

インフルエンザは征圧できるのか

インフルエンザは征圧できるのか

臨床看護2010年1月号 ほんのひととき 掲載
“強毒でなかったからといって、今回のパンデミック(世界的大流行)を「肩すかし」と思う人がいたら、それは間違いだ。目に見えないインフルエンザウイルスの振る舞いを、これほど詳細に調べ上げることができたのは、人類とインフルエンザの歴史が始まって以来のことだ。それができたのは、用意周到に準備を重ねてきたからであり、ウイルスに挑む科学者の熱意があったからこそである”(本書から)
昨年4月新年度が始まり、これからゴールデンウイークに入る前のなんとなく春の陽光にこころが浮き浮きしたときでした。
新聞一面の記事を読んで、「新型インフルエンザ」パンデミックの端緒とすぐに懸念した専門家の一人が、著者の青野さんです。
“「豚インフルエンザ?メキシコで60人死亡」。2009年4月25日土曜日。朝刊一面の見出しを目にした瞬間、心臓がとびあがった。とうとうこの日がやってきたのか。
新型インフルエンザ」は「出現するかどうか」が問題なのではない。問題は、「いつ出現するか」である。専門家の間で、そう言われ始めてから、すでに数年が経過していた。この問題を追っている誰の頭の中にも、「Xデー」の想定があったはずだ”(本書より)
著者の青野さんは、薬学部出身の科学ジャーナリスト毎日新聞の科学担当論説委員をなさっています。長年にわたってインフルエンザウイルス研究、歴史、社会への影響を追ってきた記事をいままでにお読みなった方も多いと思います。
狭い専門分野に閉じこもることなく、またインターネットで単に文献サーチをしただけではなく、いままで青野さん自身が実際に世界各国の専門家や製薬会社への取材を通じてえた、研究・医療現場の生の声を活かした科学ドキュメントが本書です。その経緯を次のように述べています。
“病気の歴史的・文化的関係を知りたいと重い、手始めにインフルエンザを調べてみた。そこにひっかかってきたのが、アラスカの集合墓地を掘り、消え去ったスペイン風邪ウイルスを手に入れたヨハン・ハルチンの冒険物語だった。きわどい話ではあるが、それよりも、インフルエンザウイルスと科学者の壮大なロマンに興味をそそられた”(本書より)
文芸書が多い新潮社から刊行された本ですが、本書の前半はウイルス学の教科書のような科学的記述が続きます。しかしそれは非常にわかりやすい正確な解説で、人類とウイルスとの関わりの歴史までふくめて、私が今まで読んできたどの医学雑誌、専門書よりもup to dateな情報をもたらしてくれました。
“もともとスペイン風邪ウイルス復活の興味から書き始めた原稿だったので、本書は全体にウイルス寄りの、少し偏った話になっている。細部にこだわりすぎて、全体を見失っているような気もする。
もしかすると、新型インフルエンザ出現で、人々が関心を持ったのは、医療体制や公衆衛生、それに国の危機管理の問題かもしれない。実際に命に関わるのは、そうした対応だからだ”(本書より)と、青野さんは自省の感想をエピローグで述べています。
しかし実際に本書ではワクチン製造、接種、抗ウイルス薬の研究開発、薬剤耐性、さらに行政・政治・社会の対応までの問題点をまさにグローバルな視点から記述しています。
本書の刊行が2009年11月20日で、本書に盛り込まれているデータは10月までの最新データであることからも、いかにすばやい対応であったかという点でも驚異の本です。青野さんが今までの積み重ねてきた経験と知恵、そして情熱を感じます。

“国の危機管理をみても、いったい、誰が、どういう体制で、対策を進めていくのか、はっきりしない部分が多い。そんなときに、米国で1976年に起きた「全米豚インフルエンザワクチンプログラム」について調べていると、この事件の総括が米国の今に生かされていることが見えてくる。日本にも、きっと学ぶべき点はあるはずだ”(本書より)