がんと闘った科学者の記録

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

昨年のノーベル物理学賞を受賞された梶田教授の恩師である戸塚洋二先生の大腸癌闘病の記録です。2008年に亡くなられた戸塚先生のドキュメント番組をNHKで再放送しているのをたまたま私は見て、初めてこの本のことを知りました。すぐにクリニックの近くの書店で文庫版を買い求めました。お読みなられた方も多いと思います。
お花のカタログかと思うようなきれいな写真が表紙を飾っていました。すべて戸塚先生自身が撮影されたお花で、プロのような鮮やかさが目を惹きました。
ニュートリノを研究される原子物理学者としての記録にかける周到さが、このお花の写真のみならず、CT画像の解析、ご自分の臨床データのグラフ化など本書のなかにも随所に挿入されています。

私も長年、病院勤務でがん治療に携わりながらもこのような病状の数値化について科学者としての徹底した観点を持っていなかったことを戸塚先生に指摘されたよう気持ちで読みすすめました。

進行がんにかかった患者さんすべてがこのように客観的にご自分の病状を見ることはできないとは思います。しかし治療に携わる医療者としてはこのような徹底した病状把握が必要と強く感じました。

本書を読み終えたあとに録画しておいたNHKの番組をもう一度見直しました。すっきりとして出で立ちの戸塚先生の微笑を絶やさないお姿とともに、本書に引用された正岡子規の次の言葉が今でも強く印象に残っています。

『悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。』
正岡子規