戦後世界経済史

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

臨床看護2009年10月号 ほんのひととき 掲載
“第2次大戦後の世界は、かつてない急激な変化を経験した。この60年間を考える際、民主軸と市場経済が重要なキーワードとなることは誰もが認めるところであろう。
本書では、「市場化」を軸にこの半世紀を概観する。経済の政治化、得分配の変容、世界的な統治機構の関与、そして「自由」と「平等」の相剋、市場システムがもたらした歴史的変化の本質とは何かを明らかにする”(本書 はしがきより)

昨年9月リーマンショックから始まったアメリカ経済の大不況、そして世界経済への大きな荒波にいま日本ものみこまれて、この1年間は日々暗いニュースが続いています。さらに今年2009年8月末の総選挙で、日本では半世紀ぶりとなる政権交代がきまり、経済と社会の活性化に大きな期待と不安が入り混じっています。
医療界では、今年4月からの新型インフルエンザ流行がさらにこの混乱に拍車をかけて、いずれ起きるであろう大きな医療改革の端緒の年にこの2009年はなるのでは予感されます。
もとより私たちの仕事も、社会と経済の変動のなかにあり、その動向は日本だけでなく、世界の流れに左右されてきます。さまざまな情報の選択と判断の基準・羅針盤となるような、信頼できる本をと思っていたときに、いい本にめぐり合うことができました。
今年6月に中公新書の2000冊目として刊行された本書は、この半世紀の世界経済の変遷を鳥瞰する野心的な試みが、約400頁の新書版に濃縮されています。
著者の猪木さんは経済学者で、現在は国際日本文化研究センター所長を務めているそうです。本書は、経済史の本でありながら、各章の終わりには客観的データ分析に対して、猪木さんの思想的解釈が織り込まれています。副題に「自由と平等の視点から」と書いた理由を次のように述べています。
“直面する難問の根底には必ず「価値」の選択問題がある。さまざまな価値のうち何を優先させるのか、それらにいかなる順序付けを与えるのかという問題である。経済的な豊かさ、生命、環境、静謐さ、効率等々、いずれもこの複雑な技術社会に住むわれわれが大切にしている価値である。
これらの価値の問題の選択に、自由と平等という視点からいかなる信念と態度で臨めばよいのか、最終的に人間にとって「善き生」とは何なのか、そうした問題を考えるための「よすが」となるものが、いささかなりとも本書に含まれていることを願っている”(本書より)
さまざまな読み方ができる本だと思います。たとえば、いままで旅行で出かけたことのある国の経済史をざっと知る楽しみがあります。欧米のみならず、東南アジア、中東、社会主義国、新興アフリカ諸国を俯瞰して、「グローバリゼーション」という潮流の実態を最新の研究成果から拾い読みも可能です。
また社会保障制度の充実した国としてしばしばモデルとされてきた、北欧とくにスウェーデン経済の歴史と実情などは、医療面からみても興味深いと思います。
そのなかで私がいちばん強く印象に残ったことは、猪木さんの次の主張です。
“経済発展の究極的な原動力は、人材育成にあるという結論に到達する。人材育成とは専門知識を身につけるだけでなく、さまざまな知識を統合して、不確実な状況下で鋭い洞察と道徳的な判断ができる人間を育てることである”(本書より)
この言葉を読んで私には思い出した本があります。この欄でも以前紹介した、「福澤諭吉著『文明論之概略』を読む」(丸山真男著、岩波新書)です。明治維新の混乱のなかにあって一国独立のために、「独立自尊」をかかげた福澤先生の主張と猪木さんの思いが同じように感じられました。
このような古典的名著をいずれも新書版で読むことのできる日本には、まだまだ再生のゆとりがあると思いますが、楽観的すぎるでしょうか?

“わたしたちは 何を得て 何を失ったのか 
経済から考える「人の幸福とは何か」”(本書 帯より)