シナプスが人格をつくる

シナプスが人格をつくる  脳細胞から自己の総体へ

シナプスが人格をつくる 脳細胞から自己の総体へ

臨床看護2005年5月号 ほんのひととき 掲載
“「知識と欲望の間にあるのは…感情」(カント)
 心は三部作(認知・情動・モーティベーション)の三つを含む複合体だとみなされてきた。しかし思考やそれに関係する認知プロセスが重視されるあまり,情動・モーティベーション(動機づけ)はないがしろにされた。
 しかし私たちがどのようにしてほかのことよりもあることに注意を引かれ,それを記憶し,それについて考えるかということだけでなく,なぜそうするのかという問題も重要なのは言うまでもない。情動とモーティベーションを無視したら,思考も完全には理解できないはずだ"(本書より)

 「なぜ,脳という物質に心が宿るのか?」「脳はいかにして,私を私たらしめているのか?」という疑問に答えようとする学問分野として脳科学は著しい発展をしており,脳科学神経科学に関する本が最近数多く出版されています。
 この欄でも『心を生みだす脳のシステム』(茂木健一郎著,2002年5月号)や,『言語の脳科学;脳はどのようにことばを生みだすか』(酒井邦嘉著,2003年8月号)をとりあげました。これらの本を読んだときには,脳科学には仮説が多く,脳科学が心や意識,自己・人格という仕組みを解明することは難しく,まだまだ先のことだろうという印象を持っていました。
 しかしながら,そのような難題に真正面から答えようとする野心的で大胆な本がつい最近出版されました。それが本書です。著者のルドゥーさんはニューヨーク大学神経科学センター教授で,感情の脳メカニズム研究の専門家です。
 監修者の森さんがあとがきで次のように述べています。
 “人間とは何だろうか。何が人をその人たらしめているのだろうか。あなたや私の「こころ」といわれている部分,たとえば意識や感情はどこから生じるのだろうか。著者ルドゥーは,人間にとって最も根本的で重要なこのような問題(The Big Question)に対する答えの予想を,大胆にも「神経科学」の言葉を使って説明しようと試みている。近年の神経科学の膨大な研究成果と,それ以上にたくさんの謎を提示する本書は,心理学・精神医学・認知科学など人格と自己を探求する他分野へも無尽の示唆を与えるだろう"
 シナプスというのは,神経細胞(ニューロン)間の小さな間隙で,ニューロンが活性化されると,電気的インパルスがその神経線維を流れ,その終末から神経伝達物質が放出されます。そしてこの神経伝達物質シナプス間隙を通って,受け入れ側のニューロン樹状突起と結合して,この間隙の橋渡しをします。このシナプスの伝達システムは,原則的に脳がするすべてのことに関与しています。
 ルドゥーさんはこの本のなかで繰り返し,このシナプスの重要性をキーワードにして脳の高次機能の理解に結び付けようとしています。
 “意識に上らない脳内過程が,実は人間の行動の基本の大部分を占めている。そして脳の神経細胞内のシナプス統合パターンが人をその人たらしめている根源だ。(中略)
 自己がシナプスしだいだということは,災いの種になりかねない。ちょっとしたことで自己がばらばらになってしまうからだ。だが,それは同時に,天の恵みでもある。つねに作られるのを待っている新しい接続があるからだ。「あなたはあなたのシナプスだ」シナプスこそあなたの正体だ"(本書より)
 それにしても難解な本です。頭のなかのシナプスをフル活動させてみても,わからないことばかりでした。
 しかしながら,脳科学の未知の分野を切り拓くためにはいま何が大切なのか,本質は何なのかを決っして科学的レベルを下げることなく,一般読者にもわかるようにと苦心惨憺しているルドゥーさんの情熱がおのずと伝わってくるようです。そしてわからないところは飛ばしながらも読み終えてみると,「学び」の楽しみをひさしぶりに私の脳のなかの「シナプス」にたっぷりともたらしてくれました。