医者は現場でどう考えるか

医者は現場でどう考えるか

医者は現場でどう考えるか

臨床看護2012年2月号 ほんのひととき 掲載
“医学は基本的に不確実な科学である。医師は誰でも診断と治療を間違えることがある。しかし、どうやってよりよく思考できるかを理解できれば、間違いの頻度と重度を軽減することは可能だ。本書はそれを目標として書かれたものである”(本書 「はじめに 虚心に患者と向き合う」より)
私はクリニックを開業してから、かなり患者さんへの問診に時間を取ることができるようになりました。しかしカンファレンスで他の医師がどう診るかを聞く機会が少ないので、診断の際に思い込みをしないように気をつけていないと、それでも「ひやり、はっと」することがときにあります。
そのなかでこの秋に刊行された本書を書店でみつけました。巻頭には、“熟練した名医でも、正しい診断につながる鍵となるヒントを見逃し、正しい治療への道から遠く迷うことがあるのはなぜか?医学における思考はいつ、そしてなぜ、正しい方向から間違った方向へ行くのだろうか?” と書かれており、すぐに買い求めました。
著者のグループマン先生は、ハーバード大学の血液学の教授で、「ニューヨーカー」誌の医学・生物学分野のスタッフライターを務め、「ニューヨークタイムズ」紙などの新聞や一般科学雑誌にも医療問題について、数多く寄稿している内科医です。
一般読者を想定して書かれた本だそうですが、内容的にはグループマン先生が医学教育に携わってきたなかで、「患者」を「病める人」として理解する、その手立てを伝授したい研修医・看護師、あるいは各科の若い専門医向けだと思います。
“自分で考えることを放棄し、判定システムやアルゴリズム、画像診断に、自分に代わって考えてもらおうとする若い医師たちが実に多くなった”(本書より)と嘆く一節には、先生のため息が聞こえてきそうです。
長年のグループマン先生の経験や見聞をもとに、具体的な患者さんの診断・治療過程に関わる医者の感情面までに踏み込んで数多い事例が紹介されています。次のような医療現場における感情移入についての記述も示唆にとんでいます。
“感情に対して免疫ができてしまうと、医師は癒す人(ヒーラー)としての役割を全うすることができず、策を講じる人(タクティシャン)という一次元的な役割しか果たせなくなる。強い情動が起こると、その反動で苦しむか精神的にまいってしまう可能性がある。しかし感情を消してしまうと、患者をケアする(思いやる)ことができない。ここに矛盾が存在する。患者の心(ソウル)を見失わないために感情は重要だが、感情によって患者の病気を見失う危険もある。”(本書より)
先生の専門の血液内科に留まらず、救急外来、循環器、さらには整形外科、そして泌尿器科にいたる症例について、さらにアメリカの医療経済、製薬・医療機器メーカーとの関わりまでわかりやすく書かれている面では、アメリカの医療現場について日本と比較しながら知る情報源にもなりそうです。
さらに本書の魅力は美沢恵子さんの翻訳です。 医学・専門的な内容も正確にそしてテンポのいい文体で綴られており、読み応えがあります。
医療現場で目の前に難しい患者さんと接するたびに、本書を読み直してみるとたくさんのヒントが得られそうです。

“「まだ気分が悪い、症状が消えません」と患者に言われたとき、「どこも悪くはないですよ」という言葉を抑える事を私は学んだ。「具合が悪いというあなたを信じていますが、どこが悪いのかまだ解明できません」と言えるようになった。
「あなたはどこも悪くない」という発言には二つの問題がある。まず医師は間違えることがあるという現実を否定する。第二に、身体から心(マインド)を分裂させる。というのは、ときには、問題が身体的ではなく、心理的でありうるからだ。もちろん、そう結論づける前に、患者の症状の身体的原因を真剣に時間をかけて探すべきである。”(本書より)