続・もうひとつの謎解き 医療従事者のためのおすすめ読みもの18

小児看護2014年12月号 書評欄掲載
“すべての読みものは人間社会と深くかかわっているから惹きつけられる。そしてその中にどこかで医学・医療との接点がある。そんな視点でまとめた本書を受け入れて頂ければ、幸いである” (本書 はじめにより)

4年前の2010年に斬新なアイディアが詰め込まれた、外科医・小川道雄先生の読書案内がでました。
“趣味の読書の対象は、私の場合は正座して読む本ではない。週末以外にも国内外の学会などで移動するときに、大量の小説を読んでいる。移動中に眠ってしまわないように読む本となると、ミステリーが多い。(中略)私の読んだ本の中で誰にでも面白いと思え、しかもあまり知られていない小説を推薦し、それに最近の医学の進歩を加えるシリーズとすることにした”(『もうひとつの謎解き』 はじめにより 2010年へるす出版刊)
そして今年、待望の続刊が発売されました。4年前の『もうひとつの謎解き』では、<医師の目で読む おすすめ小説23>となっていた副題が、今回は<医療従事者のためのおすすめ読みもの18>と変わったのは読者層の広がりによるものと思います。
今年春に本誌の書評欄で取り上げました小川先生の訳による『外科医の悲劇 崩れゆく帝王の日々』(ユルゲン・トールヴァルト著 へるす出版刊)は、難しいと思われた読者の方も多かったと思います。しかし本書では小児看護を専門とされる読者の方々にもなじみのある疾患が多くでてきますし、リラックスして読める読書案内です。
今回小川先生がとりあげた18冊の本のなかで、私自身が読んだことのあった本が3冊だけありました。『使命と魂のリミット』(東野圭吾著)、『がんと向き合って』(上野創著)、そして『崩れゆく帝王の日々』で、残りの本は今、1冊ずつ近くの本屋で立ち読みしたり、買い求めて通勤中に読んでいます。
『がんと向き合って』は、26歳で進行性の睾丸腫瘍に罹患した、朝日新聞記者の上野さんの闘病記でした。私の専門とする領域疾患でもあり、同じような睾丸(精巣)腫瘍で化学療法をうけようとする患者さんにお勧めしたこともありました。本書ではこの本を小川先生は、ご自身の大怪我と重ね合わせて次のように紹介されています。
“3カ月ほど前に、自分の不注意で階段を滑落。顔面制動だったため、頚髄を傷つけた。中心性脊髄損傷である。「一寸先は闇だなあ」とつぶやく。一寸先どころか、十年先でも、光が差していると思い込んでいたのに。そのとき同じような言葉のでてくる本を10年ほど前に読んだ、確か闘病記だったなあ、とベットに横になって考えた。動き回れるようになり、ようやく見つけ出した。上野創著『がんと向き合って』である。原文では「一寸先も一千万光年先も、闇ではなく光のはずだった」となっていた”(本書より)
長年外科医として活躍されてこられた小川先生が病床で動けなくなっているときに、かつて読んだ若い患者さんの闘病記が心の避難袋になっていたとこの文章からは推測されました。本のもつ治癒力とでもいうものでしょうか?
前書<医師の目で読む おすすめ小説23>と違った雰囲気が、この続編<医療従事者のためのおすすめ読みもの>から感じられるのも、先生が病床でこの本をまとまられたことに起因するのかもしれません。
私にとっては、かつて担当していた書評欄でも紹介しましたが、幸田文さんの『闘』が心の避難袋になったことを思い出します。昭和40年に発表された作品で、武蔵野の自然に囲まれた結核療養所を舞台に四季の季節の流れのなかでさまざまな患者と、医師・看護師の姿を幸田さんが淡々と細やかな文体で綴った小説でした。学生時代から繰り返して読んできた幸田さんの本に、私は家族の看病で何度も心が折れそうなときに救われました。
日常の小児看護でご苦労されている読者のみなさんにも、心の支えになる本が、目利きの小川先生の読書案内の中にきっとあると思います。

“文学を読むことで得られる大事なことは、それによって培われる想像力です。何をまだしゃべっていないかを気がつく能力、それが想像力(立花隆)”