炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす

炭素文明論:「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

炭素文明論:「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)

臨床看護が休刊となり、毎月の書評原稿の締切りがなくなりほっとしていました。これで好き勝手に本が読めると、お正月休みからさまざまな分野の本を買ってきては読み散らかしていました。
義務がなくなると勝手なもので、読みきらないうちに次に心がよせられて机の上に積読が多くなっています。
そろそろ読書日記を再開しなくてはと思っていてもいったん緩んだ気持ちは戻すのがたいへんですね。
今回、ご紹介するのは東京工業大学出身のサイエンスライター佐藤健太郎さんの『炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす』です。
日頃診療でさまざまな薬品を扱っていながら、化学構造式までみることはまれですが、本書を読むとひさしぶりに学生時代の有機化学を思い出しました。
しかし本書は単なる「有機化学の本」ではありません。生命、食物、薬品の基礎的な構造を支えている炭素を中心にして、歴史的背景や人間と自然とのかかわりまで幅広く解説している点に大きな魅力があります。
1.人類の生命を支えた物質たち
2.文明社会を作った物質  デンプン
3.人類が落ちた「甘い罠」 砂糖
<筆者は分子構造と生理作用の関連について長く研究してきた専門家の端くれであるが、一体どういう分子が甘味を感じさせるのやら、いくら構造式を睨んでも見当すらつかない>
4.大航海時代を生んだ香り 芳香族化合物
5.世界を二分した「うま味」論争  グルタミン酸
<動物は重要な栄養源であるタンパク質を積極的に摂取するため、その存在を捉えるセンサーを発達させた。タンパク質のあるところには、必ずそれが分解されてできたグルタミン酸が存在している。このタンパク質の目印を摂取したときに快楽を感じるよう、人間の体は進化した>
6.世界を制した合法ドラック  ニコチン
7.歴史を興奮させて物質 フェイン
8.人間最大の友となった物質 エタノール
9.王朝を吹き飛ばした物質 ニトロ
10. 空気から生まれたパンと爆薬 アンモニア
などなどふだんの患者さんに説明してる内容に深みをあたえてくれるエピソードに富み、おもわずにやっとしたくなる良書と思います。

“炭素は最も小さな部類の元素だ。しかしこのために、炭素は短く緊密な結合を作ることができる。4本の結合の腕をフルに使い、単結合・二重結合・三重結合などと呼ばれる、多彩な連結方法を採ることもできる。
炭素は平凡であるからこそ、元素の絶対王者の地位に就くことを得たのだ。
今までに天然から発見された、あるは化学者たちが人工的に作り出した化合物は7000万以上に及ぶが、これのうち炭素を含むものはそのほぼ8割を占める。
地上を埋め尽くす生命は、この豊かな化合物群に立脚している。地表における炭素の存在比は、わずか0.08%に過ぎない。一方、人体を構成する元素のうち18%は炭素であり、水分を除いた体重の半分は炭素が占めているということになる。生命は自然界に存在するわずかな炭素をかき集めることで、ようやく成立しているといえる”(本書より)