横浜の時を旅する ホテルニューグランドの魔法

横浜の時を旅する (ホテルニューグランドの魔法)

横浜の時を旅する (ホテルニューグランドの魔法)

臨床看護2012年11月号 ほんのひととき 掲載
“タワー館最上階にあるチャペルから、海側を見下ろしたことがあります。言葉が出ないほど感動しました。みなとみらい、赤レンガ倉庫、大桟橋、象の鼻パーク、山下公園ベイブリッジ・・・。このパノラマは、開港横浜の歴史を物語る一大歴史絵巻です。ただ眺めているだけではもったいなくて、わたしはそれを語らずにはいられません”(本書より)

私は、祖父・祖母の代からの横浜生まれ、横浜育ちの「ハマっ子」です。実家が港まで自転車で丘を越して行ける距離だったので、山下公園マリンタワー港の見える丘公園は日曜日の朝の自転車散歩コースでした。大学を卒業して臨床研修を始めてからは、約15年間は全国さまざまな出張病院での研修のため、毎年のように引っ越しをしてきましたが、1993年に大学に講師としてもどったときから横浜市郊外へ「帰って」きました。その間、いつも学会が横浜であるときには先輩・同僚・後輩を誘い、故郷の町自慢をするような気分で中華街や、みなとみらいを飲み歩きしていました。
しかし、長いこと横浜にいながら横浜の歴史についての本を読んだのは、つい10年前に司馬遼太郎著『街道をゆく21巻 神戸・横浜散歩』が初めてでした。この本は1979年初出で、おもに幕末に横浜村が開港して外国人居留地として発展していく頃が描かれていました。
今回、ご紹介する『横浜の時を旅する』は幕末、明治から始まって大正時代、関東大震災、そして戦後の横浜の歴史を山下公園に隣接するニューグランドホテルを中心に丁寧な取材をして書かれた本です。横浜市内の本屋の新刊書コーナーに平積みされていた本書の表紙には、山下公園、海岸通りの銀杏並木を眺望するホテルニューグランド本館の写真がクラシックな雰囲気をたたえており、ハマっ子の私は郷愁を感じて(笑)すぐに買い求めました。
著者の山崎洋子さんは、1947年、京都府宮津市生まれで、神奈川県立新城高等学校を卒業、コピーライター、児童読物作家、脚本家などを経て、1986年、『花園の迷宮』で第32回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビューされ、横浜を舞台にした著作が多く、芝居の脚本・演出も手掛けているそうです。出版元の春風社桜木町に近い紅葉坂にあります。本書について山崎さんは春風社の書評インタビューで次のように語っていました。
“まず横浜の人に読んでもらいたいな、と思います。横浜はイメージが勝ってしまっている街で、みんな「横浜は新しいことと古いことが混在していて素敵よね」などとおっしゃるのですが、新しいことは「みなとみらい」などすぐ挙げられるのですが、古いことはなかなか出てこない。やはり3回も中心部が焼けていて、古いものが残っていないことが大きな原因となっているようです。横浜が大好きな私からすると、こんなにスリリングな歴史があることが知られていないことが悔しくて、知ってもらいたくてこの本を書きました”
横浜港が外国旅行へのまさに玄関口であった明治から昭和中期まで、生糸貿易、横浜家具、フランス料理、イタリアン料理、中華街、ジャズなど、ハイカラな横浜が日本人にとって憧れの土地であった歴史を、実際のインタビュー記事と写真をまじえての丁寧な仕上がりになっていることも本書の魅力です。次回、読者の皆さんが学会であるいは旅行で横浜へ来る機会にはぜひこの本をお持ちになられることを、「ハマっ子」としてお勧めしたいと思います。

山下公園は大正12年9月1日の関東大震災で出た瓦礫を埋めて造られました。日本初の海浜公園でもあります。それまで、あそこは海だったのです。このホテルの窓から山下公園を眺めると感無量です。なぜならこのニューグランドホテルも、震災からの復興を祈念し、横浜が官民一体となって建設したホテルだからです”(本書より)