真田三代

真田三代 上

真田三代 上

臨床看護2012年4月号 ほんのひととき 掲載
“冬の明け方の空は冴えざえと美しい。空気は冷え冷えとし、夜の名残りをとどめる淡い藍色の空と、朝焼けの紅が、水ですすいだような鮮やかさで溶けあっている。 幸村はひとり真田丸の櫓の上に立っていた”(本書より)

昨年この欄で紹介した『なずな』でも書きましたが、去年の夏休みに私は信州・上田市別所温泉へ旅行しました。周囲を山々にかこまれて千曲川沿いに広がる佐久平をゆっくり散策、眺望しながら、鎌倉時代からの歴史のある豊かなこの信州の地にすっかり魅了されました。そして上田駅前にもたなびいている「六連銭」の旗印を市内いたるところで見て、この地を治めてきた真田一族の歴史書をいつか読みたいと思っていました。
その思いが通じてか、ちょうど昨年秋に本書『真田三代』が刊行されました。著者の火坂雅志さんは戦国小説を得意として、上杉謙信の義の心を受け継いだ直江兼続の生涯を描いた『天地人』は、2009年のNHK大河ドラマの原作になり、皆さんの中にもファンの方が多いと思います。
本書は、幸隆・昌幸・幸村(信繁)の真田三代を主人公にして、戦国乱世を生き抜いた一族を活写した大作で、2009年から信濃毎日新聞新潟日報、東愛知新聞、東奥日報、上毛新聞、紀伊民報、秋北新聞などに順次534回にわたって連載された作品です。本州の広い範囲にわたって地方紙に連載された背景には、真田三代が活躍した場の広さを示しています。
“この小説は、地方の誇りを描いた物語である。真田一族の生きた信濃、上野(こうずけ)にかぎらず、戦国時代は地方が活力に満ちていた時代であった。多くの大名が、それぞれの領国経営の思想を持ち、独自の方法論で厳しい戦乱の時代を生き抜いていったなかで、真田氏はひときわあざやかな輝きを放ち、いまなお現代人の心を魅きつけてやまない。それはなぜだろうと、この連載を書きながら考えつづけてきた”(本書 著者あとがきより)
いままでの戦国歴史小説というと、京都、鎌倉、江戸を中心として、いわば中央集権化される過程が描かれてきたと思います。それに対して火坂さんは、直江兼続、そして今回の真田一族を通じて地方の誇りと意地をつらぬいた人々の視点から混乱の時代を描いています。上下二巻約900頁にわたる大作ですが、読み終えるのが惜しくなるくらい、歴史事実にフィクションの潤いを散りばめた、実に痛快な読後感のある本でした。
“真田一族は周囲を武田、北条、上杉、徳川といった大勢力に囲まれた弱小勢力であった。織田や豊臣のように華やかな天下制覇の表舞台にあったわけではない。にもかかわらず、知力の限りを尽くし、地方の誇りをつらぬきとおした彼らの生きざまはじつに爽快である”(本書 あとがきより)
読み終えてから、昨年紹介した『下町ロケット』(池井戸潤著・小学館刊)を思い出しました。大企業を相手に一歩も引かない下町工場の意地と矜持を描いた社長の生き方は、まさに真田一族に重なるようです。景気の悪化や雇用の不安など、暗いニュースの多い中で気持ちを奮い立たせてくれる点では池井戸さんと火坂さんは似ているようです。
“俺はな、仕事っていうのは、二階建ての家みたいなもんだと思う。一階部分は、飯を食うためだ。必要な金を稼ぎ、生活していくために働く。だけど、それだけじゃ窮屈だ。だから、仕事には夢がなきゃならないと思う。それが二階部分だ。夢だけ追っかけても飯は食っていけないし、飯だけ食えても夢がなきゃつまらない。肝心なことは、後悔しないことだな。そのためには、全力をつくすしかない”(下町ロケットより)
本書『真田三代』は、たんに歴史小説というのではなく、明日にむけて気持ちを奮い立たせてくれる起爆剤のような気がしました。
“人が生きていくにはたしかにがまんや辛抱は大切である。だが、ときには、覚悟を決めて、何かに立ち向かわねばならないときもある。それは、自分の誇りを守るときだと思う。”(本書より)