下町ロケット

下町ロケット

下町ロケット

臨床看護2011年11月号 ほんのひととき 掲載
“俺はな、仕事っていうのは、二階建ての家みたいなもんだと思う。一階部分は、飯を食うためだ。必要な金を稼ぎ、生活していくために働く。だけど、それだけじゃ窮屈だ。だから、仕事には夢がなきゃならないと思う。それが二階部分だ。夢だけ追っかけても飯は食っていけないし、飯だけ食えても夢がなきゃつまらない”(本書より)
本書は今年の直木賞受賞作品です。書店や電車のポスターでも大きく宣伝されていましたし、テレビドラマ化も決まっているそうで、皆さんのなかでもお読みになった方も多いと思います。
作者の池井戸さんは慶應大学卒業後に銀行員の経歴もあり、1998年に「果つる底なき」で第44回江戸川乱歩賞を受賞して、小説家デビューしたそうです。
ロケット開発と、下町というコントラストも意外性があり、そして以前この欄で紹介した『小惑星探査機はやぶさ 「玉手箱」は開かれた』(川口淳一郎
中公新書)と似ていて、技術立国日本の一面を感じる本で、一気読みしてしまうテンポのいい小説です。
ちょうどこの本を買い求めた後に、新聞の「人間発見」というコラム欄に川口淳一郎先生の生い立ちが1週間連載されていました。川口先生は1955年生まれで私と同年代であり、大学を出た頃にはNASAスペースシャトル計画がカウントダウンにないって「世界の使い捨てロケットは姿を消す」といわれていたときに、東大で宇宙工学を専攻したそうです。
“教科書や論文を読んでも、過去のことしかわからない。学びのプロになっては、独創的なアイディアが生まれこないと思い、自力で考えるようになった”という言葉には、さまざまな失敗の後に「はやぶさ」を無事、帰還の途につかせることのできた信念を感じました。
本書『下町ロケット』の主人公、佃社長もロケットを宇宙に飛ばす夢を子どものころからもって、紆余曲折の中で自らの夢を現実にしていく、その爽快さが本書の魅力になっています。下町と呼ばれている舞台は東京都大田区池上に設定されています。私のクリニックのある川崎とは、多摩川をへだててすぐ対岸の地域であり、大企業を支える高い技術力を持つ工場群の街としてよくニュースでもとりあげられている所です。
さまざま読み方ができると思います。特許制度の仕組み、企業買収の実際、知的財産と企業の独自性、大企業と下請工場との関係、銀行・投資ファンドによる資金供与など、報道ニュースだけではよくわからない実際の社会の仕組みも、元銀行員だった池井戸さんの経験を基にしたと思われるくらい、リアルに描かれています。
“新たな事業に結びつくならば、一企業としての差別化にもなるし、そういう経験が次のビジネスにつながっていくこともあると思うんです。ビジネスの広がりというか可能性を考えると、一時的に金をもらっても、後は傍で見ているだけというのはチャンスを逸している気がします”(本書より)
そして研究者から経営者に転向して、自らの夢と経営のはざまにたつ佃社長の姿には、組織とは何かを考えさせるものがあります。
“自分のためではなく、家族や社員のために働いている、そう考えることで、自分は心のどこかにある挫折感を打ち消そうとしていたのではないか。他人のためだと思い込むことで、真実から目を背けていたのではないか。
(中略)肝心なことは、後悔しないことだな。そのためには、全力をつくすしかない”(本書より)
 余談ですが、本書の中に提携する大企業が、下町ロケットの高い技術を得るために工場を評価に来る場面があります。ちょうど病院でいえば、「病院機能評価」にあたるような細部にわたるチェックです。
“批判的かつ自己中心的。果たしてそれで正しい評価といえるんですかね?”という言葉には、共感できるものがありました。
しかし、なによりもこの本の魅力は、ストーリーの結末が予測できていても、読み始めたらとまらない、まさにロケットのような爽快感です。暗いニュースが多い中で、前にそして上に進もうとする力強い推進力を得ることができると思います。