クラウド

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臨床看護2011年7月号 ほんのひととき 掲載
“140字以内だと思うと、書き込むのが苦にならない。チャットで誰かと会話するように、ツイッターで独り言をつぶやく人が増えているのは、この手軽さゆえだと思う。自分の他愛ない独り言を、少なくとも12人のフォロワーが読んでくれていると思うとふしぎな快感があって、一日の大半を狭いワンルームの中で過ごしていても、死にたくなるほど淋しくはならないで済んだ。特にツイッターは一度ログインすると短くとも3時間、長い時は朝方まで没頭することさえある”(本書より)

ソーシャルメディア」と呼ばれるツイッターフェイスブックなどの交流サイト(SNS)を利用されている読者の方も多いと思います。様々な情報を手軽に多くの人とやり取りできることは、東日本大震災でも注目を浴びました。そのなかで機動性に富む反面、流言飛語が広まりやすいという危険性も指摘される様になりました。
私はe-mail, 携帯メールで事足りていると思っていて、まだこのソーシャルネットワークの「世界」から取り残された「ツイッター・ノウ」の世代です。というのも、以前この欄で取り上げた本に『インターネットは空っぽの洞窟』(クリフォード・マトール著 草思社刊)の次の一節がいまでも頭の片隅に残っているからです。
“私にとって一番大切な人達というのは、自分の身辺にいる人たちなの。この人達との関係を差し置いてどうして、コンピューターネットワーク上での人間関係に夢中になれるって言うの?”
ちょうど日本でもインターネットの本格的普及が始まったインターネットの普及当時にも、今すぐに始めないと時代に遅れるという強迫観念を感じて、世をあげての狂乱的な大ブームでした。その大ブームにちょっと待ったと警鐘を唱えたのが、マトールさんでした。15年前に刊行された本には、ハッカーを扱った『カッコウはコンピューターに卵を産む』などのベストセラーもありました。
つい最近にもゲームソフト情報流出事件で、なんと1億人を超す個人情報が簡単に流出したという報道があり、この事件を通じてあらためてネット社会の危険が身近にあることを感じた方も多いと思います。
今回、ご紹介する『クラウド』は、ツイッターの流行をミステリー仕立てにした小説です。著者の樹林伸さんは、『金田一少年の事件簿』や『神の雫』などの人気コミックの原作者としても知られているそうです。
改めて言うまでもなく、『クラウド』という題名には、今流行のコンピューターのクラウドの意味がこめられていますが、本書ではむしろ「暗雲」なのでしょう。ちなみに新聞の書評に“ツイートがひろげる「友達の輪」にひそむ絶対孤独。ヴァーチャル世界の「自由」とは、要するに、コンピューター依存症の「地獄の日常」なのでは?リアルの世界でストーカーに狙われたヒロインがネットの世界でも同様の被害を受ける。事件は殺人へと発展し、さらに、背後には巧妙なハッカーの存在が見え隠れする。警察のコンピューター犯罪捜査官も翻弄されるばかりだ”と書かれていました。
 前半は小説としてはかなり説明的で、ツイッター・ノウの私にとっては最近のソーシャルメディアの基礎知識を教えてくれる新鮮な内容でした。そして後半の展開は、一転して思いもかけないような「真実」が明かされていきます。
 さらに本書の魅力は、心理カウンセリング診療所の腕のいいカウンセラーが登場していることです。謎解きにもつながってしまうのであまり詳しく書けませんが、身近に時間をかけてゆっくりと話を聴いてくれるこのようなカウンセラーがいれば、もし出社拒否のうつ病になっても主人公の女性のようにツイッターにのめりこまないでもすむのかもしれません。

“カウンセラーの話では、依存症というのは何か逃げたい事柄があるときに陥りやすい状態らしい。つぐみの場合はそれが会社であることは明らかだった。仕事は面白くないけれど、逃げ出したいほど嫌なわけではない。辛いの人間関係なのだ。好奇の目で見ているに違いない同僚たちの視線だった”(本書より)