小惑星探査機はやぶさ

臨床看護2011年5月号 ほんのひととき 掲載
NASAもためらうような計画でなければ、われわれのオリジナリティは実現できないと考えた。そこで多少やぶれかぶれ気味ではあるが、人類初の挑戦をしようと考えた。大きな背伸びだが、背伸びをしなくてはわれわれのオリジナリティは発揮できない。誰もやらないこと、それは小惑星に行って、サンプルを採取して、地球に帰ってくることだ”(本書より)

暗いニュースの多かった昨年(2010年)のなかで、心ときめく明るい話題がいくつかありました。みなさんにとってはどんな話題が印象に残っていることでしょうか? 私にとっては小惑星探査機「はやぶさ」の帰還がもっとも心揺さぶられるニュースでした。地球の引力圏を離れて宇宙を航行し、他の天体に着陸してサンプルを採取して、地球に帰ってくるという偉業です。
本書は、「はやぶさ」プロジェクトマネージャの川口先生が、約7年間の宇宙の旅を終えてはやぶさが昨年6月に帰還し、そして持ち帰ったサンプルが小惑星イトカワのものであるわかった11月までの経過を熱く語った本です。私の自宅の近くの相模原市宇宙科学研究所があり、その前の道路を何回も通ったことがありましたが、この研究所で斬新で壮大な宇宙探査機の指令が行われていたとはまったく知りませんでした。
今までに私は、米国フロリダ州オーランドで開かれた学会の折にケネディ宇宙センターを見学に行ったことがあります。もともと湿地帯であったセンター敷地内には、ワニも生息する自然が残っていました。大西洋を見渡す広々としたセンターには、見学者コースが整備されていました。アポロ計画につかわれた巨大なロケット組立工場、帰還船などの実物が展示されており、シャトルのロケット発射場を遠くからですが眺望することもできました。
著者の川口先生には失礼ですが、NASAの圧倒的な規模、宇宙へのゲートウェイとして宇宙センターのインパクトがあまりに強く、ケネディ宇宙センターを見学して以来、日本の宇宙開発研究はいまさらなにができるのだろうかと思っていました。
鹿児島県にある内之浦宇宙空間研究所から打ち上げられるロケットは「発射場周辺海域で操業する漁業組合との協定により、打ち上げ可能機関が年間90日以内に制限されてきた」そうです。つい巨大な資金力と人材力を有数するNASAと比較しながら読んでいくと、その涙ぐましい努力が本書から伝わってきます。
7年以上にわたるミッションを通じて、小惑星探査機「はやぶさ」に徐々に感情移入していく川口先生をはじめスタッフの思いは、まるで大事に育んだ子どもへの愛情のように深化していき、その過程がまるで肉親が書いた日記のようにつぶさに記述されています。
“どうして君はこれほどまでに指令に応えてくれるのか?この帰還の運用には、一度きりのチャンスしかない。この万全さは、逆に「はやぶさ」自身の最期を確実に演出してしまう残酷さにつながってしまう。イオンエンジンによる長期の軌道制御が終了した3月末、君はどうしてそんなにまで、とふたたび思った。
満身創痍。ハードウェアとしては、たしかにそうだ。しかし自律機能や判断能力といったソフトウェアは今でもちゃんと機能した。けなげにもがんばった”(本書 2010年4月15日のプロジェクトマネージャとしてのはやぶさへのメッセージより)
さらにカラー新書版にはすばらしい写真が多く収載されており、この写真をみるだけでも気分が明るくなります。「はやぶさ」が撮影した月と地球を1枚の写真には見入りました。地球から約17万km、月から約53万kmの地点からの撮影には、ハップル望遠鏡が宇宙のかなたを撮影した写真以上に強い感動を覚えました。
そしておまけとしてのっている巻末写真の「祝 はやぶさ 此機宇宙 翔百優里」のラベルがついた銘酒「虎之児」には、スタッフのまさに天に燃え尽きた熱い思いがこもっているようです。