喜嶋先生の静かな時間

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

臨床看護2011年2月号 ほんのひととき 掲載
“学問には王道しかない。それは、考えれば考えるほど、人間の美しい生き方を言い表していると思う。美しいというのは、そういう姿勢を示す言葉だ。考えるだけで涙が出るほど、身震いするほど、ただただ美しい。悲しいのでもなく、楽しいのでもなく、純粋に美しいのだと感じる。そんな道が王道だ”(本書より)

クリニックの昼休みに歩いてすぐのショッピングモール1階にある本屋さんに立ち読み行くのが、開業してからの私のひそかな楽しみになっています。書評欄でみた本を探しに行くこともあれば、新刊書コーナーに平積みされた小説・ノンフィクションなどを眺めるだけでも気持ちのリフレッシュになります。
そして年に何回か、惹きつけられるように手にする本との出会いがあります。著者名でもなく、題名でもなく、本のもつたたずまいとでも言えばいいのでしょうか、その「品格」を感じて本を買い求めてしまいます。本書はそのモノトーンな白い装丁がまず目に付き、そして帯に小さな広い文字で書かれた一節を読んで心の琴線が共鳴しました。
“その一冊(電磁力学入門)を読むことで得られた経験が、たぶん僕の人生を決めただろう。意味のわからないものに直面したとき、それを意味のわかるものに変えていくプロセス、それはとても楽しかった。考えて考えて考え抜けば、意味が通る解釈がやがて僕に訪れる。そういう体験だった。
小さかった僕は、それを神様のご褒美だと考えた。つまり考えて考えて考え抜いたことに対して、神様が褒めてくれる、そのプレゼントが「閃き」というものなのだと信じた”(本書より)
作者の森博嗣先生は、現役の「某国立大学工学部」准教授だそうです。森先生の大学生、大学院生時代を語る自伝的小説ともいえる本書には、その「閃き」が随所に語られています。
私も大学受験のときには、当初は理工学部志望でした。当時定説になり始めた大陸移動説を「地球の歴史」(竹内均著、NHK刊)に感動して、竹内先生が教えている某国立大学理学部地球物理研究をしたいと思っていました。その当時の思いを本書から感じながら読み進めました。
“研究を始めて僕が出会った思考というのは、そういったものでは全然ない。まったく異質だ。光り輝くゴールなんてもちろんない。周囲はどの方向も真っ暗闇で、自分が辿ってきた道以外になにも見えない。たとえ飛躍的に進むことができて、なにかの手応えを感じても、そこには「これが正しい」という証明書は用意されていない”(本書より)
私が通っていた高校は、教育大学付属の教育実験校で、たとえば歴史、文学に関しては原書や1次資料を1年かけて読み、生物では2年かけて大腸菌を使ってのDNAの組み換え実験をやってレポート書きが必修でした。若者の教育の第1歩として「本物」にふれることを大事にする先生方の熱意には、当初は辟易としていましたが、いま振り返ると「学問」のもつ美しさを柔軟な心に植えつけてくれたように思えてきます。
“若い頃には、滅多になかったことだ。それが、このごろはときどき空を見上げる。空はいつでもそこにあるから、それだけで少し安心できる。色も明るさも、高さも奥行きも、一時も同じではない。そんなごく当たり前のことに少しだけ心を向けるようになったのも、この歳になってようやくのこと”(本書より)
心を啓発してくれる本書を読み終えると、帯にかかれた以下の気持ちになってしまいました。そしてそれは医学・医療・看護のどの世界にも同じように通じる大事なことのように思います。
“この小説を読むと
考えてもわからなかったことが突然わかるようになります。
探してもみつからなかったものがみつかるかもしれません。
他人と考えが違うことや他人の目が気にならなくなります。
自分のペースや自分の時間を大切にできるようになります。
落ち着いた静かな気持ちで毎日を送れるようになります。
なにか夢中になれるものをみつけたくなります。
学生の方は進路が変わってしまう可能性があります。
年齢性別関係なくとにかく今すぐなにか学びたくなります”