京都うた紀行 近現代の歌枕を訪ねて

京都うた紀行―近現代の歌枕を訪ねて

京都うた紀行―近現代の歌枕を訪ねて

臨床看護2011年2月号 ほんのひととき 掲載
“歌枕とは、その地を冠して詠まれた古歌およびその場所をさす。
2008年7月から2010年7月まで50回にわたって京都新聞で「京都歌枕」連載、近代および現代短歌からピックアップした京都と滋賀の歌枕の地を、夫の永田和宏と一緒に訪ねて歩くことになった”(本書 はじめにより)

私は京都を旅することが好きです。京都、関西方面で学会があるときには少なくとも年1回は、京都の町をぶらぶらする時間を作っています。旅する前には京都の小説や、エッセイを読んでは限られた時間のなかで自分なりのお気に入りの場所を見つけ出してきました。
以前、この欄でも紹介した『羊の歌』(加藤周一著)、『活動写真の女』(浅田次郎著)、『京都夢幻記』(杉本秀太郎著)、『詩歌の森へ 日本詩へのいざない』(芳賀徹著)なども繰り返して読んでは、詩仙堂、大原の里、哲学の道、加茂川、東山、比叡山、鞍馬の森などなど、京都の歴史と風情にふれながら散策した思い出がたくさんあります。
今回、ご紹介する『京都うた紀行 近現代の歌枕を訪ねて』は、今年のお正月休みにめぐりあった本です。著者の永田和宏さんと河野裕子さんはご夫婦で、お二人とも歌人として活躍されてきました。
今まで読んだことのなかった京都・近江の生活の中にある場所と、それがどのように詠われているかを、実際の地図も含めて丁寧に書かれている魅力に強く引き込まれました。50回の連載文と、そして巻末にはお二人の対談、さらに「京都滋賀 ふたりの歌枕」が収録されています。
“歌に感動すると、その場所に行ってみたくなる。名所や名勝でなくても、歌を通じて、作者と場を共有するという意識が強い。なんということもない風景でも、歌があることによって特別の意味を持つ。あまり有名な場所じゃないんだけども、歌のほうからおいでおいでって言ってくれる。それを生活の中にある場所っていうのかな。それがどのように詠われているか、そういう歌を選びたいという意識もあった”(本書 対談の中より)
そして読みすすめるうちにわかってくるのですが、本書は単なる「うた紀行」ではありません。すでに河野さんの病気をご存知だった方もいると思いますが、昨年8月に河野さんは乳がんで逝去されました。10年前にオペを受けた術後8年目に再発して、京都大学病院で化学療法を受けながら、夫の永田さんと一緒に旅して回られたそうです。
“私の場合は、あなたと一緒に行ったというのが、非常に大きかったですよね。病気の所為で、あと何年いきられるかもわからないというそういう状況の中で、非常に濃縮された時間を過ごすことができたから。その時間を大事にしたいなあと思いましたね。あと何回この人と来ることができるだろうか、だけど、短い残り時間の中で、いま同じ時間を共有している、そういう思いが非常に強かったですね”(本書 対談の中より)
歌の世界に昇華したお二人の限られた時間を感じさせる歌は、本書の後半に繰り返し取り上げられていました。なかでも二条城の枝垂れ桜をとりあげた章には心惹かれました。
“夕光(ゆうかげ)に見るべかりしをましづかに桜は未だし枝垂(しだれ)ゐるのみ 河野裕子
再読するときに、河野さんの書かれた歌枕だけを抽出して読んでみました。いままでに数多く読んできたがん患者さんの治療記を題材にした小説、ノンフィクションのどれよりも心に深く響いてきました。今年春の桜を、河野さんの歌を通して見てみたいと思っています。

“これからはかなしく思ひ出すだろうあんなにも若かった夜と月と水

蛍飛ぶ貴船の沢に若かりしわれらが時間(とき)は還ることなし”
(本書 巻頭歌より)