牛肉安全宣言 BSE問題は終わった

牛肉安全宣言

牛肉安全宣言

臨床看護2010年12月号 ほんのひととき 掲載
英国ではBSE(牛海綿状脳症)を「感情の病気」と呼んでいるが、それは実際の被害よりも風評被害のほうがずっと大きいからだ。そして、それは日本でもまったく同じ状況だった”(本書より)

今年の春から夏にかけては、宮崎県の牛口蹄疫が大きな社会問題になりました。家族のように愛しみ育てた牛の屠殺を余儀なくされた畜産農家の方々の悲鳴が連日報道され、いままで宮崎県産の種牛が、松坂牛など全国のブランド牛の原産であったこともこのときの報道から私は初めて知りました。
昨年には、メキシコの豚インフルエンザを起因とする新型インフルエンザ感染流行があり、いま1年経ってからその検疫体制、その後のワクチン対策などを検証する特集が医学雑誌にも多く掲載されています。
「災害は忘れた頃にやってくる」は、明治の物理学者・寺田寅彦先生の言葉ですが、感染症についても同じことが言えるのでしょう。
9年前、国際的な大きな感染症問題であったBSE(牛海綿状脳症、当時は狂牛病と呼ばれていました)が忘れ去れようとしているときに、本書が刊行されました。
2001年9月11日の新聞記事の引用から始まる本書は、BSEに関して、東大農学部名誉教授で獣医学者の唐木英明先生が、実に幅広い視野から熱っぽく書き下ろしたノンフィクションです。
単に科学的な観点からだけでなく、「食の安全」について行政・政治・そしてメディアがどのようにこのBSEを捉えてきたかを、内閣府食品安全委員会のメンバーとして当事者であった唐木先生が、自身の研究生活のエピソードも交えながら筆力のある文章で書き綴っています。
“誤解、誤解、また誤解”
“「全頭検査」は世界の非常識”
“日米ビーフ戦争”
“米国はいい加減な国?”
“政治的に利用されたBSE””
各章を列記するだけでも、本書にこめられた唐木先生の姿勢が伝わってくるようです。そのなかで医療問題にも敷衍できる「安全の科学」、すなわちリスク管理・リスク評価の考え方には、日本の行政・政治・マスコミへの強い不満をこめた提言が書かれています。
“何らかの社会的な問題に対して緊急に対策を実施する場合には、その時点で得られるすべての、しかし十分とはいえないデータだけを基にして、いくつかの前提を置いて「確率論的」に早急に結論を出さなければならないことがあります。もちろん新たなデータが得られたときには評価結果を見直します。これは国際的にも広く認められたリスク評価の手法です。
もしも「データ不足による科学的評価の困難さ」を理由にしてリスク評価の結論を先送りするならば、科学の判断が全く入らないリスク管理者の主観的な判断だけに基づく、政策・措置を策定するという、好ましくない結果を生むことになります。
そして「リスク評価」の次に、人の健康に被害が出ないレベルまでそのレベルを引き下げるためにはどのような規制をしたらいいのかを考えるが「リスク管理」です”(本書より)
さらに食の安全に対する、厚生労働省農林水産省の姿勢に対する厳しい批判を、米国との比較で次のように述べています。
“日本では食品衛生安全の遵守状況についてアンケート調査を行うだけで、違反がどのくらいあるのか、それは改善されたのか、まったく公開されない。規則を決めるだけで検証しない国・日本と、規則の遵守状況を検証し公開して改善する米国と、どちらが安全を真剣に考えているのかは明らかだ”(本書より)
唐木先生には大変失礼になると思いますが、今まで東大農学部に獣医学教育を行う講座があることを私は知りませんでした。最終章に書かれた日本の獣医科大学の現状、大動物臨床の職場にいく獣医師不足の深刻さは、医療にも通じる問題点として読み取ることができると思います。

“インフルエンザ、結核、はしか、天然痘、百日咳などはもともと家畜がもつ病原体が人型に変化したものである。さらに牛の腸内細菌である病原性大腸菌(O型)やニワトリなどの腸内細菌であるサルモネラなどは畜産製品に付着して人間に食中毒を起こす。BSEも家畜から人間に感染する病気の一つで、牛を家畜にしなければBSEもなかったはずだ”(本書より)