もうひとつの謎解き

もうひとつの謎解き―医師の眼で読む、おすすめ小説23 (へるす出版新書)

もうひとつの謎解き―医師の眼で読む、おすすめ小説23 (へるす出版新書)

臨床看護2010年10月号 ほんのひととき 掲載
“趣味の読書の対象は、私の場合は正座して読む本ではない。週末以外にも国内外の学会などで移動するときに、大量の小説を読んでいる。移動中に眠ってしまわないように読む本となると、ミステリーが多い。(中略)私の読んだ本の中で誰にでも面白いと思え、しかもあまり知られていない小説を推薦し、それに最近の医学の進歩を加えるシリーズとすることにした”(本書 はじめにより)

斬新なアイディアが詰め込まれた、ユニークな読書案内の新書がでました。
著者は小川道雄先生です。いままでにこの欄で、先生の『外科学臨床講義』、『一般病棟における緩和ケアマニュアル』、そしてライフワークの一環として翻訳された『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』をとりあげてきました。
私は初めて小川先生の謦咳に接したのが、9年前の2001年6月にNHKテレビ「にんげんドキュメント」という番組でした。当時、熊本大学医学部外科教授だった小川先生の外科フレッシュマン教育を、1ヶ月間を密着取材したドキュメントでした。外科の入局する学生が全国的にも激減し始めていた頃に、熊本大学では毎年多数の新人が外科に入る、まさに「謎解き」番組でした。
「社会人としての常識をわきまえた医療人を育成するためのテキスト」としても利用できる『外科学臨床講義』(I~V巻)を、私も公立病院に勤務していた頃に臨床実習に回ってくる医学部の学生に繰り返し読ませてきました。
今回の新書には、宮崎県立延岡病院院長、熊本労災病院院長、市立貝塚病院総長という病院管理者を歴任された7年間、先生の外科医としての歩みとは違った面を垣間見る内容も織り込まれています。
“医学・医療の進歩に関連した部分を一段下げて組んで、パートI(結末まであきらかになっているもの)では一般の読者が「読書案内」として医学・医療の部分をとばして読んでも、十分に楽しめる形式にしてある。
パートII(ミステリーでネタバレにならないようにまとめたもの)では、ミステリーとは無関係に一段下げてある医学・医療の部分だけ読めば、その領域の最近の進歩がわかるように工夫した。もちろん著者としては全部読んでいただきたいのではあるが・・”(本書 はじめにより)
小川先生がとりあげた23冊の本のなかで、私自身が読んだことのあった本が2冊だけありました。1冊はDVDを買って毎年1度は見ている『フィールド・オブ・ドリーム』(ケビン・コスナー主演)の原作である『シューレス・ジョー』、もう1冊は東野圭吾の『片想い』です。
『フィールド・オブ・ドリーム』では、大リーグに一試合一イニングだけ出場し、その後は生まれ育った故郷の開業医として描かれたムーンライト・グラハムの姿が、いつも夢を追い続けた医師としての強い印象に残っています。
また、長いこと泌尿器科医をしていてもほとんど診ることのなかった、あるいは見落としてきたかもしれない性同一性障害を扱った小説である『片想い』は、同時期に読んだ『インターセックス』(帚木蓬生著 集英社刊)とともに、日常診療にも関連した小説でした。
本書の冒頭に取り上げられた、『レインツリーの国』(有川浩著 新潮文庫)では、診察室でもはっとする点を先生は描いています。
“伸行とひとみが携帯メールを使って会話するシーンが出てくる。大分前、携帯メールが普及しだした頃、ファーストフード店内で向き合った若いカップルが、二人ともメールを操作しているのを見たことがある。それを何かのコラムで取り上げたのだが、この本(レインツリーの国)を読んで、もしかしたらあの二人も聴覚に(障害が)・・・、とそこまで思い至らなかった自分に恥入った”(本書より)
余談ですが、私はこの欄を書くのにあたって、取り上げたい本を読み直すことがとても楽しい作業です。小川先生も『もうひとつの謎解き』では本を愉しみながら再読、選択されたのではと思います。

“文学を読むことで得られる大事なことは、それによって培われる想像力です。何をまだしゃべっていないかを気がつく能力、それが想像力(立花隆)”