グーグル秘録 完全なる破壊

グーグル秘録

グーグル秘録

臨床看護2010年9月号 ほんのひととき 掲載
“膨大なウェブサイトの中から最適な検索結果を見つけ出すアルゴリズムはもちろん、「世界中のあらゆる情報を整理し、だれにでも使えるようにする」という壮大な目標、自由でフラットな企業文化、無謀にも見える多角化戦略など、すべては抜群に優秀で、怖いもの知らずの二人が生み出したものだ”(本書より)

私はクリニックを開業して3年目に入り、このところ徐々に患者さんも増えてきてほっとしています。当初は「泌尿器科」単独標榜のクリニックで、どれだけ患者さんが来てくれるか不安でした。
初診の患者さんへの問診票の下段に、「来院されたきっかけはなんですか?」という項目をいれていますが、以前私が勤務していた病院から、あるいは友人・知人がかかっていたからという答えが当初は多かったのです。
それが昨年2年目に入った頃から、徐々に「インターネット」に○印がつくようになり、今では約8割の患者さんがネット検索をして受診するようになっています。
検索サイトのおかげなのですが、ではどのような検索をしているのか、あるいは「ひょっとしてグーグル検索で上位になってきたからかなあ」と、漠然と感じていました。
ちょうどそのときに、近くの本屋さんで見つけたのが本書『グーグル秘録 完全なる破壊』です。ずいぶんと刺激的な題名で、なにか暴露本のような感じがしましたが、読み始めると非常に綿密な取材をもとに書かれたすぐれたノンフィクションドキュメントでした。
著者のケン・オーレッタさんは米誌「ニューヨーカー」の記者で、アメリカ最高のメディア論者といわれ、彼ほどいま起こりつつあるメディア革命を完全にカバーしている記者はいないといわれているそうです。
この本はアメリシリコンバレーのIT関連産業の中から約10年前に誕生したグーグルの生い立ちから急速な発展を、グーグル社内部のみならず、グーグルによって産業基盤やルールがまったく変わり、徹底的に破壊されてしまう側のメディア(出版、新聞など)からの事実も描かれています。
“私が描きたいと思ったのは、デジタル革命の震源地である会社、その台頭ぶりが、「新たな」メディアの「古い」メディアを破壊する様を浮き彫りにするような会社だ。選んだ素材はグーグルだったが、同社は協力を渋った。同社は本の電子化には熱心だが、本を読むことには大して興味がないのだ”(本書より)
アメリカ社会の急速な変化を日本で感じることはむずかしいと思いながら読み進めました。そして以前この欄でとりあげたある本の一節を思い出しました。
“科学は極度に高度化し専門化しており、優秀な科学者でさえもその実態に目を配り、社会的な意味を適切に判断することは困難になっている。だれもコントロールできない状況の下で、得体の知れない科学という怪物が文明を引きずり動かしている”(『神になる科学者たち』上岡義雄著より)
グーグルの創始者である30歳代のプリン、ペイジのふたりへの評価は、ベテランジャーナリストであるオーレッタさんの取材を通じて客観的に書かれています。そこには、「古い」メディア側に属するオーレッタさんの信念を読み取ることができます。
“ブロガーをはじめ、組織に属さない個人や専門家の意見を軽んじるわけではない。軽はずみに報道機関を否定すること(編集者がいなくても、コンピューターがニュースを集められるといった考え方など)は、民主主義に必要な、見識あるジャーナリズムを消滅させると言いたいのだ”(本書より)
私はまだ利用したことがないのですが、2008年の米国大統領選挙を左右したといわれるユーチューブや、ツィッターに精通している読者の方々も多いと思いますが、あらためてIT革命のもたらすメリットとディメリットを考える際に広い視野を与えてくれる本だと思います。

“我々は今、15世紀にグーテンベルグが印刷術を発明したときと同じような、大革命の真っただ中にいる。そのときと同じように、革命の行方は定かではない。印刷への移行期は苦痛に満ちたものだった。当時行われた数々の実験が、本当に画期的なものだと分かったのは、すべてが終わった後だった”(本書より)