通訳

通訳/インタープリター

通訳/インタープリター

臨床看護2010年5月号 ほんのひととき 掲載
“通訳者スージーは単語を聞いて、表面上の意味と言外の意味を分離することができる。これがぜひとも必要だ、逐語訳というのは混乱を生じさせることが多いから、言葉は論理的でない。従って通訳は逐語訳と同時に、言葉の幅をうまく使ってギャップをなんとか埋めなくてはならない。脳の片側は機械的に転換し、もう片方は逐語訳から生じる言葉の間隙を調べる。正確で、しかも創造的な知性を必要とするのだから、これは芸術である”(本書より)

今年の冬、記録的な大雪がふった米国東海岸に位置するニューヨーク市(NYC)に旅行してきました。100年ぶりの積雪約60cmで首都圏機能がマヒしたワシントンDCより300km北に位置するNYCは、スノーストーム圏内からはずれたおかげで積雪は約20~30cmで、ほどよく雪化粧したセントラルパークが出迎えてくれました。
私は、25年前の1985年から2年間、泌尿器科リサーチフェローとしてNew Yorkに留学しました。当時は1ドル250円の頃で、貧乏留学生にとってNYCは物価も高く、治安も悪いとの評判でした。
留学後に生まれた次男が大学の春休みに入ったので、一緒に当時の同僚や後輩のいる病院・クリニック見学もかねてこの旅行を計画しました。
まず訪問したのは、ダウンタウンにあるベスイスラエル病院です。私の後輩がいまレジデント研修をしているので、外来、病棟、救急部門(ER)をゆっくりと案内してもらいながら見学しました。
この病院は2001年の9.11テロのときには、崩壊した世界貿易センタービルに最も近い救急搬送受入れの病院としてCNNニュースでも放映されました。ERはつい最近改装されて、広いワンフロアに約30の診察処置室が配置されていました。見学した月曜日夕方も患者さんが受付にあふれかえっていました。病院入り口の案内板は、英語、スペイン語、中国語、ロシア語、アラビア語などが標記されて、多国籍都市、NYCの一断面をみるようなERの喧騒でした。
後輩はいま精神科に在籍しているのですが、約1400床のこの病院には、精神科だけでも50人のレジデント、そしてスタッフドクターがいると聞いてびっくり! メディケイド、メディケアといった低所得者層向けの保険でも一人30分の外来診察時間が確保されているうえに、1日1000ドル(約9万円)の入院費もカバーされ、そしてグループ療法や心理療法士によるサポート、さらに小児精神科医も常勤でいるという医療の層の厚さと質の高さをあらためて実感しました。さらに英語が話せない患者さんのための通訳サービスも、ほとんどの言語(たとえばスワヒリ語)でもマンハッタンでは保険診療内で可能だそうです。
今回紹介する『通訳』の作者スキ・キムさんは1983年13歳のとき、大韓民国のソウルからアメリカに移住した作家です。キムさんを投影したような、主人公スージーはコリア系アメリカ人1.5世で、NYCでの底辺に近い生活をサスペンス小説として描いています。コリアで生まれ、幼い頃アメリカに移住したため、親たち一世とは違い、英語を自在に操ることが出来るものの、それでいながらコリアの文化的な伝統や道徳律に縛られて、どこにも帰属先を持たない不安定な存在であり、この不安定性がモチーフとして作品全体に流れています。マンハッタン32丁目のコリアンタウンの光景を表紙にした本書を、今回の旅行後に読み直しました。
“不法移民の国籍について、声高にアメリカに抗議の声を上げるのではなく、移民社会内部における、同胞を裏切ってまで国籍と成功にこだわらざるをえない移民の悲劇と、それを助長するアメリカの司法制度のありようを、推理のオブラートに包んで冷静に描いている”(訳者あとがきより)
本書を読むと、今後人口減少、急激な少子高齢化をむかえてアジアからの移民が必要となる日本でも同じ状況が近い将来起きることが想像されます。