ネクスト

NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

臨床看護2008年1月号 ほんのひととき 掲載
“進化精神医学者,チャールトンによれば,「学者,教師,科学者,その他のさまざまな専門家は,しばしばあきれるほど幼稚」であり,「気まぐれで優先順位のバランスがとれておらず,過剰反応する傾向がある」”(本書より)

 ご存知,マイクル・クライトンの最新作です。最近ではテレビドラマ『ER』の脚本・製作総指揮者といったほうがわかりやすいと思います。本連載でもちょうど10年前(1997年10月号)に『エアフレーム』をとりあげました。クライトンさんは身長2mを超す長身で,ハーバードメディカルスクール出身の医者でもあり,世界的なベストセラー作家として,みなさんのなかにもファンの方が多いと思います。
 1990年に刊行された初期の代表作『ジェラッシック・パーク』ではバイオテクノロジーが重要なテーマでした。あれから17年,遺伝子テクノロジーの飛躍的な進歩で,動物クローンのように当時はフィクションでしかなかったことが現実になり,ヒトゲノム研究も全塩基配列の解析が完了して,ポストゲノム時代に入りました。
 今回の『ネクスト』はこの遺伝子治療がテーマになった科学サスペンス小説でもあり,また医療先進国のアメリカで現実に起きている生命倫理的問題点をさまざまな角度から描いています。
上下2巻の大作ですが,テンポの速いストーリー展開で読み始めると一気に引き込まれる構成は,いつもながらジェットコースターに乗っているような快感があります。そして読み終わってから “本書はフィクションである。フィクションでない部分を除いて”(本書,巻頭の言葉)という謎かけに思わずうなずきたくなる内容をもっています。
 昨年の『臨牀看護 特集:先端医療と看護』(2006年7月号)では,東京女子医科大学先端生命医科学研究所の看護学研究が紹介されていました。「ES細胞を用いた再生医療の可能性」や「遺伝カウンセリング;保因者の判定を目的とする遺伝学的検査のガイドライン」など読み応えのある内容でした。しかし,まだまだ一部の先端生命医学研究所の問題で,私たちの一般病院ではまだまだ先の話だろうという漠然とした気持ちでした。
 ところが,つい最近,“遺伝子診断の脱医療・市場化が来す倫理社会的課題:「遺伝子解析関連サービスに関する意識調査」”という14ページにわたる詳細なアンケート調査が私の病院にも送られてきました。送り手は県内にある大学医学部臨床遺伝学教室からでした。
 “医療機関を介さずに,インターネットや店頭などで検査キットを購入し,遺伝子解析事業者に試料(頬の粘膜,爪など)を送付して,後日結果が自宅に直接届くという,遺伝子検査があります。「消費者に直接提供される遺伝子検査(DTC: direct-to-consumer)」と呼ばれています。このなかには肥満体質を分類したり,高血圧・糖尿病・骨粗しょう症になりやすいかどうかを予測したり,さらに記憶力や思考力,容姿,体力や思考力,親子鑑定に関する項目もでてきます”(アンケートの質問内容から)
 本書『ネクスト』を読んだのはちょうどこのアンケートに応えているときでした。このような市場がアメリカではすでにあることをはじめて知り,愕然としていました。
 「こっそりと,病院に保存されている検体を使って調査します」という探偵事務所があるとしたら,どう思います? すでに生命科学・医療「先進国」では現実問題化しているようです。

 “コロンビア大学の研究者たち,こんどは社交性遺伝子を発見したと言い出した。次はなんだ? ハニカミ遺伝子か? 引きこもり遺伝子か? じっさい,研究者たちは大衆に遺伝子の働きの知識がないのをいいことに,言いたい放題をいっている。一個の遺伝子が何らかの行動形式を決定することはありえないが,残念ながら,大衆はそれを知らない。目の色,身長,くせ毛を想定する遺伝子があるのなら,社交性を決める遺伝子もあるのだろうと考えてしまう”(本書より)