眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

臨床看護2007年3月号 ほんのひととき 掲載
“絶対に起こり得ないことを除外していったあげくに残ったものが,どんなに現実ばなれしたものであろうとも,真実であるはずなのだ”
コナン・ドイル 『緋色の研究』本書巻頭引用文)

 この欄で今までも,宇宙・地球の歴史,生物進化の最新情報を取り入れた総論や啓蒙の本を取りあげてきました。私自身,高校時代に読んだ『大陸移動説』にかなり影響されていて,今でも書店の科学啓蒙書コーナーにならんでいる新刊本にはいつも気になって立ち読みしています。
 先日,専門病院を紹介する本(『専門医が薦める病院』)の「泌尿器科部長プロフィール」の項目に,「もし,医師でなかったら何になるつもりだったのでしょうか?」という質問設定がありました。そのときの答えには「地球物理か,天文学の教師」と書きました。
 地道な化石発掘はかなりの粘りと体力,そして野心とセンスを要しますが,そのデータをもとに啓蒙したり,仮説を立てる仕事には今でもかなりの魅力を感じています。
 本書の著者,アンドリュー・パーカーさんはシドニーの博物館でウミホタルの研究で学位をとり,その後に動物の体色と光学の分野で研究領域を拡げて,動物化石に構造色を示唆する証拠を発見した科学者です。
 「眼科の本でもないのにどうして本書の題名が『眼の誕生』(原題はIn the Blink of An Eye:目のまばたき)なのだろうか?」と思って買い求めました。
 副題にある「カンブリア紀大進化の謎を解く」という,カンブリア紀とは,今から5億4300万年にはじまる時期です。この5億4300万年が節目になるのは,46億年の歴史を持つ地球の歴史との相対的な意味でわずか500万年間のこの時代に,節足動物を主とした多様な動物が,それこそ爆発的に進化して登場したことによるそうです。
 しかしこの爆発的な進化の原因は積年の謎になっていました。パーカーさんはそれに対して1998年にはじめて単純明快な仮説を提唱しました。
 「光スイッチ説」! 光ファイバーではありませんが,まさにヒカリが主役だったというのです。
 “生物はそれ以前から太陽光の恩恵を受けていたが,生物が太陽光線を視覚信号として本格的に利用し始めたこと,すなわち本格的な「眼」を獲得したのはまさにカンブリア紀初頭のことであり,そのことで世界が一変したというのが,「光スイッチ説」の骨子である。
 俗にいう肉食動物が視覚を獲得したことで食う・食われるの関係が激化し,体を鱗という装甲で固める必要性が生じた。それがカンブリア紀直前までにすでに登場していたすべての動物門が,突如として複雑な外部形態を持つにいたった進化上の大事変こそが,カンブリア紀の爆発的進化の実体というのである”(本書訳者あとがきより)
 この光スイッチ説は発想と結論が単純すぎて「たぶん,そんなばかなあ?!」と思って読み始めました。しかし本書の内容が,安直に結論に走るのではなく,関連分野の研究成果を経るという遠回しの構成をとっていて,堅固な証拠を積み上げることで説得力のある学説として「光スイッチ説」を提示するパーカーの努力と執念の軌跡が丹念に書かれています。訳文も正確で分かりやすく,淡々とした文体だと思います。
 “本書は二重の意味で,目から鱗の物語である。まさに「あっ,そうか」というアイデアであり,しかも「眼」の獲得が文字通り鱗すなわち装甲を生んだというのだ。それにしても5億数千万年前の化石の色を現代によみがえらせて,史上最大の大進化の謎を鮮やかに解き明かしたパーカーの眼力には驚嘆するほかない”,という訳者の渡辺さんの指摘に思わず納得しながら読み切ってしまいました。
 余談ですが,いままで映画『ジュラシックパーク』の恐竜に色がついていたことは単なる装飾的な着想からだと思っていましたが,この化石を基にした構造色の解明という手法を用いると,より科学的に正確なリメイク版が出来るのではないでしょうか?