藤沢周平 父の周辺

藤沢周平 父の周辺

藤沢周平 父の周辺

臨床看護2007年1月号 ほんのひととき 掲載
“「藤沢周平」,これが私の父のペンネームです。しかし,その藤沢周平について,娘の私がどれだけ知っているのかというと,正直なところ,実はよく分からないのです。(中略)とはいえ,自宅を仕事場にしていたので,父は一日中,家で過ごしていたことになります。それだけに,小菅留治(父の本名)についてはたくさんの思い出があります。日常の父の素顔を,思い出すままに書き留めてみました。「普通が一番」,父がいつも言っていた言葉です”(本書,はしがきより)

 作家藤沢周平さんが亡くなられて,来春で10年になります。皆さんのなかにも愛読者の方が多いと思います。4〜5年前には山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』が話題になり,12月には木村拓哉主演『武士の一分』(原作『盲目剣谺返し』)が封切られました。
 “人肌のぬくもり,男たちの友情,つつましく献身的な女性,ほのかな初恋,清らかな自然などわれわれが失った懐かしい世界をわかりやすい文章で情景をきめ細かく鮮明に描写して,人間を深く把握した暖かい癒しの時代小説…”という作品紹介を,繰り返し書評欄で目にしました。
 藤沢さんの経歴については「郷里の山形県鶴岡で中学教師をしている青年時代に肺結核で手術を受け,5年間の長い療養生活を送る。最初の夫人を癌でなくし,8カ月の乳のみ子を抱える」という記事を訃報欄で読んだ記憶があります。
 その「8カ月の乳のみ子」だった藤沢さんの一人娘が,今回ご紹介する著者・遠藤展子さんです。
 作品からの印象と作家本人の実像は,作品に感動すればするほど気になります。ごく「普通の人」の哀歓を描き,温もりのある日本の原風景にさそってくれた藤沢さんの実像を,一緒に暮らしていた家族が公にするのには,逝去してから10年近くの年月が必要だったのかもしれません。
 “一緒にいたときにはいることが当たり前と思い,父が前にもましていとおしく,父をもっと知りたいと感じてしまいます。本当に人間というのは厄介なものだと思います”(本書より)
 と淡々と綴り続けた遠藤さんの素直な文章を通じて,本書は読み終えてからあたたかなぬくもりに包まれたような気にさせてくれる本になったと思います。
 「普通が一番」といい続けた父,藤沢周平の姿と,“でも実は,普通にそして平凡に生きることがいかにむずかしいかということは,藤沢作品の主人公たちを通じて教えられたことのひとつではないでしょうか。世の不条理や人間同士の軋轢。それらを乗り越えて平凡な日常をつかみ取ろうとする人たちを,かつてないほど非凡な筆致で書き切った書き手であった”(縄田一男)という作家としての藤沢周平の姿が,娘の目からは一つに重なって見えてくるようです。
 “こうした父の残した品々を見ていると,父の思い出があふれ出てきて,なんともさびしい気分におそわれます。物は残っているのにそれを使っていた人はもういない,そう思います”(本書「父の仕事場より」)
 私事ですが,私の父は指輪作りの職人でした。家族を養うためにいつも実直に仕事一徹に働いていた父の姿が,今の私のバックボーンになっていることをこの歳になってより強く感じています。「親の背中をみて子は育つ」という言葉の確かさをこの本からも読みとることができると思います。

 “この時,父はすでに自分の足で散歩することもなくなっていました。移動はすべて車椅子で,もう足を使うことはなかったのです。私には,あの綺麗になった父の足の裏よりも,ごっつい大きな魚の目のある父の足の裏のほうが懐かしく思い出されます。あの魚の目は,父が足で稼いで私たち家族を養ってくれていた証だったと思うのです”(本書,「足の裏」より)