「植物」という不思議な生き方

「植物」という不思議な生き方

「植物」という不思議な生き方

臨床看護2006年7月号 ほんのひととき 掲載
“健康番組でよく耳にする物質に,アントシアニンなどのポリフェノールや各種ビタミンなどの植物由来の抗酸化物質がある。「老化防止や美肌効果,動脈硬化の予防などなどの効果を備えている,しかも植物由来の天然成分」と言われればそれだけでも体に良さそうな気がしてしまう。
 しかし考えてみれば不思議である。どうして植物が人間の老化を防止して若々しくさせたり,人間のお肌をすべすべにしたりするような物質をわざわざ持っているのだろう"(本書より)

 新緑から深緑へ木々の緑が鬱蒼とし,庭先にはお花が咲き乱れる季節。ガーデニングや森林浴でリフレッシュするにはいいですね。
 でもちょっと目を離すと庭には雑草が生い茂り,アブラムシやアリがせっかく手入れしたプランタにいっぱい巣くったり,毎日のお世話がたいへんとイライラすることもありますね。
 でもそんなイライラをなくしてくれる楽しくユニークな本があります。
 著者の蓮実香佑(はすみ こうすけ)さんは“大学院で雑草学と出会い,植物の生き生きとした暮らしぶりに興味を持つ,自称,道草研究家。寄り道を楽しみながらも,雑草のようにたくましく咲く花を志す"(著者略歴より)という農学博士です。
 “植物は私たち人間にとって実に身近な存在だ。しかしこんなに身近にあるのに,植物がいったいどんな生き物で,どんな生き方をしているのかというと,意外にピンとこないのが実際のところだ。しかし相手の立場に立ってみて初めてわかりあえることも,世の中にはままあることだ。これまで植物学が明らかにしてきた植物の生き方の実像を,植物を主人公とした物語として描くことを試みた"(まえがきより)
 私は高校時代,医学部受験のときに化学と物理をとったので生物の教科書はまともに読んだことがありませんでした。さらにちょうどDNAの二重らせんモデルが啓蒙され始めたころで,大学での教養課程での生物では分子生物学がメインで,植物学なんて時代遅れの古い学問と思っていました。
 ところが本書は専門家が片手間に書いた啓蒙書とはちがって,植物が大好きでまるで友人のように思っている蓮実さんの柔らかい語り口についつい引き込まれてしまいます。
 地球環境と生物進化,森林破壊と環境汚染,エコシステム…。そんな堅苦しい言葉はちょっと横において,道ばたに咲く可憐な花とその花弁に集まる虫たちを身をかがめて見ながらお話ししましょという,蓮実さんの姿勢は,再読してみるとじつに正確で新しい科学的情報に裏打ちされていることがわかります。
 “悲喜こもごも生きる植物の姿は,あなたの共感を得るかもしれない。余計なことは考えない植物のまっすぐな生き方に,私たちは「生きる」ことの意味を問い質されるかもしれない。あるいは,それでもなお理解不能な植物の不思議さを思い知らされるかも知れない。植物の世界に足を踏み入れる私たちを待ち受けるものはいったい何だろうか?"(本書より)
 いままでの植物学に対する私の無礼で身勝手な思い込みをやんわりと癒してくれるだけでなく,草木を見る新たな視点をもたらしてくれるとともに,さらには医学も生物学の一部門であることを再認識させられました。
 科学エッセイでもあり,随筆のようでもあり,楽しいイラストがたくさん入った心を癒してくれるロハスな本…。夏休みの緑陰の読書にお勧めしたいと思います。

 “「あいつはなかなか芽が出ない」と悪口を言われてもいっさい気にすることはない。その気になって早く芽を出せば「出すぎたやつ」と芽を摘まれてしまうのがオチなのだ。そんな世情をよく知っているのは雑草だろう。
 雑草の種子の多くは,光を感じとって発芽を開始する「光発芽性」と呼ばれる性質を持っている。草むしりすると雑草の種子が一斉に芽生えてくるのは,光が地面に射し込むことによって邪魔になる他の草を人間がきれいにとってくれたことがわかるからである"(本書,芽生えの科学より)