一般病棟における緩和ケアマニュアル

一般病棟における緩和ケアマニュアル

一般病棟における緩和ケアマニュアル

臨床看護2005年11月号 ほんのひととき 掲載
“これまでお世話になった先生や看護師さんのいるこの病院(病棟)を選んで入院し,最期の時間をここで送らせていただこうと思いました。しかし,治って帰ってゆく人と,私のように終わってゆくものが同じ場所で生活することはとても不都合だと思います。再発して助からないことを知った今は,手術を受けたときと同じ病棟で同じベットに横になっていても,みつめているものが違うからです。だからせめて医療スタッフのみなさんには,苦しみの質が違う者へは違った応じ方をして欲しいと思いました"(本書第Ⅰ章,一般病棟で終末期を送っておられた患者さんの言葉より)

 日本では国民の3人に1人が癌で亡くなっています。死亡場所を日本,アメリカ,オランダで比較すると,癌の院内死亡割合は欧米で30%前後なのに対して,日本では93%という高率だそうです。
 緩和ケア医療が独立してその専門化が進んでいるようでも,実際にはまだ90%以上の患者さんは一般病棟で看取られています。
 今年の緩和医療学会には3,000名以上の参加者がいたそうですが,その背景には実際に数多くの終末期患者さんのケアにあたっていながら,今まで十分な教育・情報を受ける機会が少なかったスタッフが,勉強の機会を求めて参集したと思われます。
 私も緩和医療については非専門家の1人で,断片的に疼痛緩和の講演を聴いたり,前々回ご紹介したような臨床哲学の本(『聴くことの力』)を読んだりして方向づけを試みてきたのですが,どうも自信が持てずにいました。そして今回の熱気あふれる学会に参加してから一般病棟での私自身とスタッフの教育にどのような手段方法が必要かを強く感じるようになりました。
 本書『一般病棟における緩和ケアマニュアル』は,ちょうどこの学会に合わせるかのように今年の5月に刊行されました。編集の小川先生が,本書の積極的な意図を次のように述べています。
 “緩和ケアの多くが一般病棟で行われているのは,緩和ケア病棟がない,告知がされていないなどの理由のほかに,癌の最初の治療を行ってくれた医師,看護師,その他の医療チームへの信頼が大きな比重を占めているからではないだろうか。そしてこのことは,一般病棟に勤務するすべての医療者は,治癒を目指す医療とともに,現在のところは緩和ケアのための知識や技法にも十分に習熟している必要がある,ということを示している"
 企画から刊行までわずか6カ月の短期間で仕上げられているので,疼痛緩和のオピオイドローテーションの項などは,最新の薬剤情報が盛り込まれていることも本書の大きな特徴だと思います。
 しかしそれ以上に私にとって本書の魅力は,原敬先生(利根中央病院外科)が「一般病棟スタッフに対する緩和ケア教育」に書かれている,対人援助としてのケアを行う際の医療者としての基本的な姿勢についてでした。
 “自分の想い・願い<願望>と自分が置かれた客観的状況<現実>にズレがあるとき,このズレ幅を人は苦しみとして感じる。援助とは,このズレ幅が小さくなるように支援することであり,これを対人援助という。(中略)
 私たちがもし,援助の方法として客観的状況を変化させるキュアしか知らなければ,この人の苦しみへの援助の指針を見失い「仕方ない」ものとして処理することになるかもしれない。そのとき,私たち自身も援助者としての無力感に苦しむにちがいない。私たちには,キュアとケアのいずれか,またはそれらの組み合わせを適用しながら患者の苦しみに応じることが求められるのである"(本書より)
 そして原先生の項を読んでから,池永昌之先生(淀川キリスト教病院ホスピス)の「インフォームドコンセント」に書かれた,Bad Newsをどう伝えるかについての具体的なスキルを読み返すことをお勧めしたいと思います。
 本書の総論を繰り返し読むと,マニュアルという範疇を越えて日常の診療・看護全般にかかわる「対人援助・援助的コミュニケーション」を見直す大きな契機になると思います。