M8

M8 エムエイト

M8 エムエイト

臨床看護2005年1月号 ほんのひととき 掲載

2011年3月11日の東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。1日も早い復興を衷心よりお祈りいたします。
以前、この欄で取り上げた『M8』を再録いたします。

“人生には忘れられない瞬間があります。1995年1月17日,午前5時46分。6433人の命が失われ,数十倍,数百倍の人々の運命が狂わされる震災の始まりでした。十年がすぎた現在でも,あの瞬間を背負って生き続ける人は数多くいます。本書『M8』は,神戸に住む者として,科学を志した者として,作家として,ぜひ書いておかなけなればと思った小説です"(著者の言葉から)

 2004年10月23日午後5時56分,新潟中越地震が発生しました。多くの人命が失われ,いまだに余震におびえながら避難所生活を送っている被災者の方々が数多くいます。
 たまたまその翌日,新聞の書評欄に著者の高嶋さんのインタビューをまじえて本書がコラムで紹介されていました。自らも神戸市内の自宅で阪神大震災を経験した高嶋さんは,原子力研究者から作家に転身して約15年の間に,原発事故を仮想した『メルトダウン』や,原爆を巡る秘密文書を題材にした『トルーマン・レター』などの著書があります。
 本書は,“東京直下型大地震が2005年12月X日に発生!"という想定のもとに書かれたシミュレーション小説で,題名の「M8」とはマグニチュード8の巨大地震を表しています。
 新潟中越地震が起きる前にすでに書かれた記事でありながら,掲載されたタイミングの偶然性にも驚いて早速,本書を買い求めました。
 今までにもこの欄で,いわゆるシミュレーション小説(予測小説)を紹介してきました。
 『三本の矢』(1998年10月号),『日本国債』(2001年5月号),『平成30年』(2003年2月号)などですが,これらは日本が今抱えている危機を解析する小説で,組織の中にあって個人としての良識・判断・理想と,国家・企業組織の論理との対立と調和,そして挫折を軸にしていました。
 “予測小説は警世の書である。予測小説ではまず経済社会の条件を「最もありそうな状況(予測値の中央値)に置く。そしてそのなかで主題とする事件がおこったときの影響を限りなく現実的に描く"(『平成30年』より)
 本書では,東京を直下型大地震が襲ったら何が起きるのかを,阪神大震災を生き延びた高校時代の同級生3人の主人公たち(地震研究の大学院生,国会議員秘書自衛隊災害援助隊員)を軸に,近未来のシミュレーションがリアルに描かれています。そのリアルさの一端を物語る一節があります。
 “もしいま,マグニチュード7を超える地震が起こったら,新幹線には緊急停止装置が働く。だが最高時速270キロで走っているときに線路に大幅な歪みがでれば,いくら緊急停止装置が働いても脱線はまぬがれないだろう"(本書より)
 さらに大事なことは,本書が単なる警世の書にとどまらない点です。
 “「私たちの子供は将来,ほぼ間違いなく大地震に遭遇する,にも関わらず,十分な備えをしていないのではないか」。そんな疑問がこの小説の執筆のはじまりだった"とインタビューで述べる高嶋さんは,“この小説の中にも地震前の備えから避難方法まで,すべてわかるようなマニュアルのつもりで書いた。いつか一人の命でも救うことになればいい"という言葉通りに,自らの阪神大震災罹災の経験から,サバイバルの方法を随所に織り込んでいます。
 高嶋さんの人命尊重の熱い思いが,淡々と描かれている文章の行間からおのずと感じられることと思います。

 “我々は防災にいくらの予算をつけた? 100億か,1000億か。使いもしない高速道路,無駄と分かり切っているダム建設と比べたらどうなんだ。今回の東京直下型地震での経済損失は82兆円。もしこの1%でも地震対策に注ぎ込んでいたら? 家屋の耐震化の補助金を増やし,消防設備をさらに充実し,地震対策に従事する専従職員を倍増していたら,被害は何十分の一に抑えられたはずだ。まさか本当に来るはずが…という我々の気持ちが,本気で考えることを躊躇させた"(本書より)