ダ・ヴィンチ・コード

ダ・ヴィンチ・コード〈上〉

ダ・ヴィンチ・コード〈上〉

臨床看護2004年11月号 ほんのひととき 掲載
“「<モナ・リザ>は女装したダ・ヴィンチ自身だっていうのは本当かい?」
 「その可能性はじゅうぶんにあります。ダ・ヴィンチはしゃれっ気のある人物でした。<モナ・リザ>をダ・ヴィンチの自画像をコンピューターで解析すると,ふたつの顔には驚くべき類似点が認められます。<モナ・リザ>は両性を備えたかのような微妙な趣があるんです」"(本書より)

 レオナルド・ダ・ヴィンチと聞くと,まず思い浮かべるのは<モナ・リザ><最後の晩餐>などの名画だと思います。そして精密な解剖図譜を描いたり,さまざまな発明,創意工夫をした,万能の天才というイメージがついてまわります。
 今回,御紹介する『ダ・ヴィンチ・コード』は,この<モナ・リザ>が展示されているルーブル美術館を舞台に起きた館長殺人事件をめぐるサスペンス小説です。でも単なるフィクション小説にとどまりません。
 著者のブラウンさんは聖杯とキリストの死の謎をめぐるここ20年間の異説・新説を,文献資料をもとに非常に巧みに,そして誠実にそれらの成果を取り入れて過去だけでなく,現在も進行中のダ・ヴィンチ問題を含めて,美術史を含む巨大な西洋史の暗部までわれわれを連れていってくれる作品を創り上げました。
 昨年,アメリカで発売されるやいなや,欧米で1年以上にわたってベストセラーを続け,日本でも翻訳されてからたびたび書評や新聞広告にも取り上げられています。すでにお読みになった方も多いと思います。
 ストーリーの面白さだけでなく,キリスト教の歴史,さらには宗教画や教会建築など,ヨーロッパを旅するときにもっと早く知っておけばよかったと思うくらい,歴史の勉強にもなる内容を持っています。
 “この小説における芸術作品,建築物,文書,秘密儀式に関する記述はすべて事実に基づいている"
 と冒頭のプロローグで著者のブラウンさんが書いているように,綿密な取材と文献に基づいた本書は,ヨーロッパの宗教史を垣間見ることができるほどの読みごたえがあります。
 私もこの夏に買い求めて上下2巻を一気に読み,今は英語の勉強がてら,原書を辞書片手にとぼとぼと読んでいます。今まで不案内だったキリスト教関係の言葉を辞書で引きつつその語源を確認していると,欧米の英語圏文化の理解が深まるような愉しさがあります。
 さらに同時多発テロイラク戦争を契機に取り上げられる「文明の衝突」あるいは「宗教戦争」についても,その長い歴史を考えるきっかけにもなりました。
 “異教を根絶やしにして大衆をキリスト教へ改宗させる作戦の一環として,教会は異教の神々を徹底的に冒瀆して,神聖な象徴を邪悪なものに変えたんです。混迷の時代にはよくあることです。新興勢力が既存の象徴を奪い,それを長期間貶めてもとの意味を消し去ろうとする。ポセイドンの三叉の矛は悪魔の槍に,老賢女のとんがり帽子は魔女の象徴に,そして金星の五芒星は悪魔のしるしになったのです"(本書より)
 古代ローマ時代さらには中世の出来事が,決して過去の遠い歴史ではないことを感じます。あとがきでは荒俣宏さんが次のように指摘しています。
 “カトリックが葬り去ろうとして葬りきれなかった歴史の真相の断片をつなぎあわせた秘密の資料や遺物が,現代になって続々と世に出たり,再び注目されているのです。その最大の遺物の一つが,レオナルド・ダ・ヴィンチの宗教絵画だったのです"
 きっと読み終えると,ルーブル美術館で<モナ・リザ>を,そしてミラノでは修復された<最後の晩餐>を直接目で見て確かめたくなることと思います。

 “混迷する今日の世界でキリスト教会が大きな救いとなっていることを否定できる者はいないが,教会の歴史が欺瞞と暴力に満ちているのもたしかだ。異教徒や聖女崇拝者を再教育するための容赦なき粛清運動は,3世紀にわたってつづいた"(本書より)