磁力と重力の発見 1〜3巻

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

臨床看護2004年8月号 ほんのひととき 掲載
“磁石は接触なしに働くがゆえに,不思議なもの・謎めいたもの・神秘的なものとして,古来ときに生命的なものないし霊魂的なものと見なされ,しばしば魔術的なものとさえ思念されてきた。…かくして磁石は,古代以来,ときには宗教的祭儀に供され魔術の小道具に使用され,さらには医療の効能ばかりか魔除けのような超自然的な能力までが仮託されてきた"(本書序文より)

 ちょうど本書の第3巻,ケプラーが1609年に惑星観察から天文学基本法則(ケプラーの法則)を導いた過程を読んでいたときに,金星の太陽面通過という現象が観測されました(2004年6月8日)。
 地球の内側の軌道を回る金星が,地球と太陽の間にきたときに起きる「食」現象で,日本では130年ぶりだったそうです。ごらんになった方も多いと思います。私も夕方西の空に,梅雨空の雲の合間から陽光がさすのを1時間ほど待っていました。ほんの一瞬見えた太陽にゾクゾクとしました。肉眼では金星か雲の影か区別はつきませんでしたが,130年ぶりの天体ショーにすっかり魅了されました。
 遠い昔,古代から人々を魅惑してきた天空の星々と,その謎を探ろうとした人類の叡知の営みを,まさに肌で実感したような感動を覚えました。
 さて今回紹介する『磁力と重力の発見 1〜3巻』は約900頁の本文と100頁の索引文献がついた大著です。筆者の山本さんは駿台予備校の物理の先生で,昨年5月に刊行されて以来,第1回パピルス賞,第57回毎日出版文化賞,第30回大佛次郎賞を受賞した作品です。書名からは物理の教科書と思われるかもしれません。しかし人文関係の賞を多く得たことからわかるように,無味乾燥な「物理史」の本ではありません。
 まえがきに“本書は近代科学の成立の謎を探るという問題意識のもとに,古代以来,近代初頭にいたるまでのヨーロッパにおける力概念の発展,なかんづく磁力と重力の発見過程を歴史的に追跡したものである"と紹介されているように綿密な文献探索に基づく科学思想史の本です。
 正月に買って以来,のらりくらりと読み進めていくうちに,まさに本書の「磁力と重力」に徐々に引き寄せられてしまいました。とくに磁力と医療のかかわりを描いた中世の記述には興味がそそられました。
 “磁力というものが中世そしてルネサンスにかけて,魔術そして魔術に通底している医術の研究対象であったということ,このことを知ったときに,近代物理学の登場過程に占める力概念の歴史的に特異な位置が見えてきたように思われたのである"(本書より)
 いまでも磁力と医療は,MRIに代表されるように切っても切れない仲です。さらに根拠のないものとして私たちはつい一笑に付したくなるような代替療法や民間療法のなかにも「磁力」がよく使われています。
 そうした歴史の流れをも山本さんは丹念に調べてあげています。“これまでの科学史は,現代の科学から見て意味を持たない。ないしネガティブな意味しか持たないたぐいの事項,迷信や臆見や伝承そして宗教上の言説,を「無意味」とか「反動」の一言でかたづけて無視する傾向にあった。…しかしこれまでの見誤っていたとまでは言わないにせよ,見落としていた,あるいは過小に見積もっていた部分にあえて照明を当てることは,近代科学そのものの成立根拠−出生の秘密−をあらためて問い直すことに繋がるのではないだろうか。あえて無謀に挑んだ所以である(本書より)"
 さらにこの本が予備校で物理を教える山本さんが書いたことも,大変興味深く感じられました。江戸時代の学者の多くが商人・町人や下級武士などの「数奇」者だったことにも通じるといっては失礼でしょうか?

 “本書は手探りで勉強を続けながら書き進んだものである。しかし他方では,研究者集団と没交渉でいるということは,ポジティブに考えれば,研究者集団の共通了解事項−パラダイム−にとらわれることなく,自由に発想できる位置にいるということである"(本書あとがきより)