癌についての505の質問に答える

癌についての505の質問に答える

癌についての505の質問に答える

臨床看護2003年7月号 ほんのひととき 掲載
“私は,治療法について自己決定権がある,1回きりの人生だから患者さんが自分で納得のいくまで考えて選択してもらいたい,そうしてほしいと教室員にいつも言っている。これが教室の方針です。患者さんが自分で決定する。その決定を尊重しなければならない。そのためには自己決定権を行使できるように,分かりやすい,具体的な病状の説明,治療法の説明が必要です"(『外科学臨床講義Ⅱ』第11章 全身病としての乳癌より)

 編者の小川道雄先生の臨床講義録である『外科学臨床講義(Ⅰ・Ⅱ);考える臨床医であるために知っておきたい外科学の進歩』を,以前に本連載で紹介しました(第27巻第12号,p. 1820)。そのことがきっかけで,小川先生の主宰される熊本大学医学部第二外科学教室からは,先生のご配慮で,教室年報やNHKテレビ「にんげんドキュメント」で取り上げられた外科フレッシュマン臨床教育のビデオなどを私に送っていただきました。
 そしてつい先日,今年3月で定年退官された先生の最終講義を収めたビデオが送られてきました。「こころ 分子におきて メスを構えるべし」と題された講義では,分子生物学の進歩が腫瘍外科臨床にどのように取り入れられているかについてのエビデンスをスライドで紹介しながら,「今日の医学は,明日の医学ではない。明日の医学はもっと進歩している」と学生と研修医に向かって淡々と,しかし切々と繰り返し語られる小川先生の姿が映し出されていました。
 “惟教学半"(教うるは学ぶの半ばなり;『書経』説命より)
 講義の冒頭で,先生が取り上げられた言葉が印象的でした。
 そのビデオのお礼状をしたためる間もなく,手にすることができたのが本書『癌についての505の質問に答える』です。まえがきで,本書の生れた経緯を先生は次のように述べています。
 “定年後は時間ができるだろうから,“がん"についていろいろな質問を受けてお答えした内容をまとめようと,メモ用紙にかきとめていた。教室を主宰して10年過ぎたとき,これが100枚近くになった“がん"についての私の考え方を理解してくれる医局員も育ち,臨床の力もつけてきたので,一般外科で治療する癌についての質問とその回答をまとめて出版しようと思い立った"
 505もの質問に対する答えを読んで感じられることは,小川先生が「具体的な癌告知の心得」のなかで取り上げられていた,患者さんへの説明姿勢の基本が,執筆している教室員の各先生方に輻輳する重低音のように徹底している点です。
 すなわち,「質問を決してはぐらかさない」「責任をもって援助する決意があることを明言する」「急がず,時間をかけて話をする」そして「どんな状況でも希望の灯火を消さぬように,またポジティブにとらえるように話を進める」です。
 本書を読み通してから,改めてまえがきを見ると小川先生が癌を“がん"と表記している理由が,“がんは患者一人ひとりでみな違う。本当は「癌疾患群」だ。腫瘍の因子とか,何が予後を悪くするとか,この方の今後どのような経過で死に至るのだろうかと,そういうことを一人ひとり個別に診て,有効な治療を選択し,しかも単独でなく選別した治療法をさらに組み合わせて集約的な治療を行うべきだ。個性に基づいた治療をする。それぞれの個性を知って,それに基づいた「個別化集約治療」を行うべきだと思う"(『外科学臨床講義Ⅱ』より)という考えに基づいているような気がしました。

 “ほんとうの外科医は,手術をしないという選択もできる外科医である。外科医は内科医より偉くなければならない。「偉い」ということは「偉ぶる」という意味ではない。よく勉強してよく考える,見識があって,よく反省する。努力する。そうして初めて,他人から「偉い」と思われるのだ。それが私の考えだ"(『外科学臨床講義Ⅱ』より)