平成三十年:何もしなかった日本

平成三十年〈上〉 何もしなかった日本

平成三十年〈上〉 何もしなかった日本

臨床看護2003年2月号 ほんのひととき 掲載
“工場はコストの安いアジア諸国に移るし,創造力のある人材は報酬の良い欧米に行くし,資金は配当の高い外国企業に流れるし,ベンチャー・ビジネスは規制の少ないアメリカに集まるというでしょう。これからの日本はなにをすればいいの…"(本書より)

 著者の堺屋太一さんは,小渕内閣時代に経済企画庁長官や情報産業担当大臣として景気振興と経済構造の改革にあたった経験のある経済評論家・作家であり,さらに元は通産省のお役人という経歴をもっています。
 “予測小説は警世の書である"という理念で,通産省勤務の経験を基に1975年には『油断!』,そのあとには『団塊の世代』などの予測小説があります。そして今回の『平成三十年』では通産省の官僚と政治家を中心にして,今から15年後の日本の経済・社会・政治状況を予測しています。
 “予測小説ではまず,経済社会の条件を「最もありそうな状況(予測値の中央値)」に置く。そしてそのなかで主題とする事件(テーママスター)が起こった場合の影響を可能な限り現実的に描く"という手法です。
 以前,この連載でご紹介した『三本の矢』と『日本国債』では,政治家・国会・官僚・財界・マスコミの動きを生々しく,正確に,しかも綿密に描き,今の日本社会のかかえる病巣の深さを単なる曝露小説にとどまらない視点から2〜3年先の予測をするという面がありました。
 “裏を返せば,だれも自分の域を越えようとしたがらんのと違いますか。誰も進んでリスクをとろうとは決してしない。なんとか責任のがれをして,自分の限られたテリトリーだけに徹しようとするんですわ"(『日本国債』より)という官僚と政治家の姿を,堺屋さんは本書でさらに厳しく叱咤しています。
 “与党の政治家たちは,何年も何十年も,地域の世話と官僚の期待をこまめに実行することで得票の地盤を積み上げてきた。彼らも各々理想を持っているが,現実の生態は官僚との癒着のなかで,本当には何も変わらぬ程度の変革努力を繰り返すばかりだった。この10年,「改革」「改革」といわれながら,現実の世の中は,根本のところが変わらない。変わらなかったのは官僚主導の体制と安全,平等,ことなかれの思想だ。この二つは21世紀に入ってからむしろ強化されている"(本書より)
 さらに本書では,医療・介護問題の15年後の姿を医療供給者側の医師・医師会・厚生労働省と,実際の医療介護を受ける高齢者を具体的に登場させて,「予測」しています。
 “たしかに医者余りは深刻です。『医療減反』で医院開業が利権化したもんで,高齢になっても引退しないんです。医師資格を持つ者の3割が医師の仕事に就けないでいる。開業医の平均年齢が64歳にもなっているのに,若い医者は働き場所がない。病院や医院の新増設が抑えられているからです"
 15年後に予測されるこのような暗い閉塞状況のなかで,「真の改革」に向かって動こうとする官僚・政治家,そして市民グループをこの小説のなかに登場させて,堺屋さんの「改革」処方箋の期待を担わせています。
 “真の改革に必要なのは考え方の転換,つまり倫理と美意識の変更であることが,まだ知れ渡っていないからだ"というこの処方箋に「どれだけの薬効力があるのか,いや,あってほしい」という想いが読後感として残りました。

 “各官庁には各々独自の倫理と美意識があり,自分の省の施設や要員を他の目的に利用されることを極度に嫌う。権限権威の問題だけではなく,正義感とプライドが許さないのだ。厚生労働省にしたところが,実態は医師と薬屋と年金管理者と労働力を供給する者の省ですよ。生活者の立場から何か考えようもありませんよ。日本の政府組織は,特に供給者別に徹底しているからこの20年間で世界に遅れたわけね"(本書より)