<老い>をめぐる9つの誤解

「老い」をめぐる9つの誤解

「老い」をめぐる9つの誤解

臨床看護2002年9月号 ほんのひととき 掲載
智慧とは目的にたどり着こうとする意識よりもむしろ,人生を旅と観じる心の持ち方から生まれるものであって,私たちのすべての手に届くところにある"(本書より)

 高齢化社会が急速にすすんでいるなかで,医療の現場でも高齢者というと従来の65歳ではなくて,70歳,あるいは80歳以上の患者さんをさすようになってきています。ちなみに,この1週間に当科で癌の手術をした患者さんの年齢は,90歳,89歳2人,81歳でした。
 QOLを考えて,このような高齢の患者さんの手術はできるだけ避けたいと思っていても,しっかりと病気を理解する判断力をもっているおじいさん,おばあさんを目の前にすると「暦で決まる年齢(calendar age)とはなんだろう?」,「治療方針を決める際に考慮するようにいわれる平均余命とは,いったんなんだろう?」と考えさせられます。
 何歳になっても手術適応になる元気な(?)老後を迎える患者さんたちは何が違うんだろうか,という疑問に答えてくれたのが本書です。著者のパウエルさんは,米国ハーバード大学病院で行動療法のプログラムのコーディネーターを務める教育学博士です。
 “老後においても肉体的,精神的な活力を最大限に維持しようとすれば,いったいどうすればいいのだろうか? 長く生きることによってたとえその機能を十分に発揮することはできないにしても,人生の「最後の季節」からどのような恩恵を享受することができるのだろうか?"
 このメインテーマに添って,“巷には老化について真相の一部しか明らかにしない言説,誤解,俗信があふれており,その種のものが私たちの晩年を最大限に活用する術を妨げているという事情"を9つの誤解というかたちで提示して,医学・認知科学の最新データとパウエルさん自身の経験を基に,その誤解をわかりやすく晴らしてくれます。
 パウエルさんのあげる9つの誤解とは,“誤解その1:老化とは,まったく退屈な話題である。誤解その2:老人というものは,多かれ少なかれ同じようなものである。誤解その3:不健康な肉体には不健全な精神が宿る。誤解その4:老化に伴って真先に衰えるのは記憶力である。誤解その5:脳は使わないでいると退化する。誤解その6:老犬に新しい芸を教え込むことはできない。誤解その7:老化は連帯感を抱く対象もなく孤独である。誤解その8:老人はふさぎ虫であって,その理由など数えきれたものではない。誤解その9:人生の智慧とは鋭敏な頭脳の持ち主が老齢に達して初めて身に付くものである"です。
 さらに,こうした「誤解」に答えるデータが,すでにアメリカでは長期間にわたって蓄積されていることにも驚かされます。たとえば,老化に伴う知力の変化に関する初期の大規模な研究のひとつ「シアトル長期研究」は,なんと1955(昭和30)年に始まり,シアトル近郊の5,000人以上ものボランティアが被験者として参加して1991(平成3)年まで,ほぼ7年ごとにテストを受けた結果をまとめたそうです。
 “本書は老境に近づいておられる方々だけを読者層として想定しているわけではない。人生の最良のときを謳歌している方々にも本書を読んでいただきたいと考えている。というのも,筆者が知るかぎりにおいて,洞察力に富んだ数多くの高齢者は,40歳代においてすでに最適の老化のための準備を始めているからである"というパウエルさんの言葉は,巻末の40頁にわたる文献リストと註にも裏打ちされているようです。

 “年老いた男女は,外見や行動ばかりか,考え方まで型にはまっているという固定観念がある。だが事実といえば,年長者グループは,体力においても知力においても中年層よりはるかに大きな広がりをもっている"(誤解その2に対する反論より)