天に満ちる生命

NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行〈1〉天に満ちる生命

NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行〈1〉天に満ちる生命

臨床看護2002年3月号 ほんのひととき 掲載
“昔,周の時代の中国。杞と呼ばれる国があった。そこには天が落ちてくるのではないかと寝食をおろそかにするほど心配している人がいたという。この故事から無用の心配を「杞憂」と呼ぶ。だが現在のわれわれは,杞の人の心配はまったく根拠のないことではないと知っている。隕石または彗星が降ってくることがあり,そしてその落下が生命の歴史に大きな影響を与えてきたのである"(本書より)

 私の好きな科学ドキュメントのテレビ番組にNHKスペシャル『地球大紀行;水の惑星・奇跡の旅立ち』(1987年放映),『生命40億年はるかな旅;進化の不思議な大爆発』(1994年放映)があります。そして去年(2001年)は,『宇宙;未知への大紀行』が1年間かけてシリーズで放映されました。
 “私たちはどこから来たのか,私たちはどこへ行くのか,この根源的な問いを宇宙と私たち命あるものとの関わりのなかから宇宙創成から終末までを最新の科学成果に基づいて解明する壮大なシリーズ"というテーマに添った全9回の番組をご覧になった方も多いと思います。
 本書は,その第1集「ふりそそぐ彗星が生命を育む」と第2集「地球外生命を探せ」の放送を出版化したものです。アストロバイオロジーという宇宙における生命の起源と進化を実証的に議論する学問分野の進歩を,丹念な取材とコンピュータグラフィックで描いた美しい映像を使って,わかりやすくまとめています。
 第1集で印象に残るのは,恐竜絶滅をもたらした6,500万年前の天体衝突が決してまれではないこと,そして,この衝突が生物進化とかかわっているという点です。
 “約6,500万年前に天体衝突がなかったとしたら,おそらくいまでも地球を支配しているのは恐竜で,哺乳類は進化せず,人間も生まれなかったでしょう。天体衝突は生命にとって根本的な条件であり,私たちが生きているシステムの根本的な部分なのです。
 生命は地球上でゆっくりと進化してきたが,地球の環境全体を大変動させるような何かが起きて,生命は急激に進化し,他の種が登場して地球における優勢な種が変化するというものです"(本書より)
 さらに第2集では,従来の常識をくつがえす科学的発見が,どのようなインパクトを人間の価値観,生命観あるいは宗教観にもたらすかという例として,天動説に対して地動説を唱えたジョルダーノ・ブルーノとガリレオをまず紹介しています。そして,地球外生命の探査の現状を,SF小説にも劣らないほど刺激的なイラストをまじえて述べています。
 “私たち人間の様に惑星の表面で生きる生物は,宇宙では少数派なのかもしれません。むしろ地下深く,惑星の内部で繁殖する生物のほうが多いと思います。それは水素をエネルギー源としている微生物です。私たち陸上の生き物が太陽のエネルギー源に依存し(光合成),いわば太陽を食べて生きているのに対して,こうした地下生命圏の微生物は「地球を食べて生きている」のです。惑星の表面の環境は様々ですが,内部の環境はどこも似通っています。鉄や硫黄,水素ガスや炭酸ガス,マグマから生まれた火成岩などは,宇宙ではありふれた物質。ということは,宇宙にはおそらく,同じような単純な環境のなかで進化した,似たような地下生命圏が広がっているに違いありません"
 複雑な生命の進化が可能となるために必要不可欠であった地球環境の長期的な安定が,宇宙のなかでは,きわめてまれな出来事だったという認識を新たにすることは,地球温暖化や環境破壊についての関心,さらには生命そのものを大事にする姿勢にもつながってくると思います。

 “もし地球外生命が見つかれば,人類の宇宙観に大きなインパクトを与えることになるでしょう。人類の精神はある意味で新しい段階へ達し,神や宗教に対する認識も,大きく変わることになるでしょう"(ヴァチカン天文台長;ジョージ・コイン神父)