『病気はなぜ,あるのか?』

病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

臨床看護2001年12月号 ほんのひととき 掲載
“私たちのからだはこんなにもうまくできた構造をしているにもかかわらず,なぜ,病気にかかりやすくさせるような欠陥やもろさを無数に抱えているのだろうか。もし自然淘汰による進化が,目や心臓や脳のように高精度に働くものを生み出すことができるのならば,なぜ近視や心臓発作やアルツハイマー病を防止する方法は生み出してこなかったのだろうか(本書,まえがきより)"

 著者の一人であるネシー先生は,ミシガン大学で精神医学と心理学の教授を兼任する精神科医であり,本書はダーウィン医学(進化医学)について一般的に書かれた初めての概説書として1994年に刊行された“Why We Get Sick"の翻訳です。
 “基礎医学臨床医学は,各種の病気のメカニズムと治療法については計り知れないほどの知見を蓄積してきたにも関わらず,「そもそもなぜ人は病気にかかるのか」については,疑問が先送りされたままであった。その理由は,進化的要因の視点が欠けていたからである。しかし,ダーウィン医学の誕生によって,疾病の起源や由来を考察する理論枠が与えられた。病気は適応度(生存率と繁殖率を通じた次世代への遺伝的貢献度)と直結する現象なので,進化的アプローチがとりわけ有効なのである"と説明されても,ぴんとこないかもしれません。というのも,ダーウィン医学(進化医学)は医学と進化生物学がクロスオーバーすることによって生まれたとはいえ,その歴史はまだ10年ほどだそうです。
 ダーウィン医学の具体的なイメージを想像する例として,医者が痛風について患者と話すところをネシー先生は次のように描いています。
 “(患者) 「なんで痛風になるんですか?」
 (医者) 「それはいい質問ですね。ヒトの尿酸値レベルは,他の霊長類よりもずっと高く,その種の尿酸値レベルと寿命とはよく相関していることがわかっています。尿酸はどうやら,老化の原因である酸化の影響から細胞を守る働きをしているようなのです。私たちの祖先は,自然淘汰によって,高いレベルの尿酸値を持つようになったのでしょうね」”
 また,従来の臨床医学は,“構造やメカニズムについて,「何が(what)」と「どのように(how)」という質問に答える"のに対して,ダーウィン医学による進化的説明は,“起源と機能についての「なぜ(why)」という質問に答える"ともいえるようです。
 この考え方をさらに精神医学領域にあてはめると,“不安を感じる能力は,将来来るはずの危険やその他の脅威から身を守るために進化してきた。疲れを感じる能力が筋肉を使いすぎないようにするために進化してきたのとまったく同様に,悲しみを感じる能力は,それ以上に損失をこうむらないように進化してきたのだろう"となります。
 これらの考えは一度指摘されてみると,多くの場合,単純で常識とそれほど変わりがないと思われるかもしれません。また医学は実学であり,進化的な説明ができても,それが病気の予防や治療にどのように役に立つのかは,すぐにも明らかというわけでもありません。
 しかしながら,“症状のうちどれが病気によって直接引き起こされるものであり,どれが実はからだの防御反応であるのか? 病気に遺伝的な要素がある場合,それを引き起こす遺伝子はなぜ存在し続けるのか? 新奇な環境要因は,その病気に関与しているか? 私たちが進化の妥協の産物として持っているどんな体の特徴または歴史的な遺産が,その病気にかかりやすくすることに関わっているか?"と問い返してみることは,日常の診療や看護にも新たな視点をもたらしてくれるでしょう。

 “なぜ,私たちはまさに体に良くない食べ物をほしがり,純粋な穀物や野菜はそれほど欲しがらないのだろうか? そしてなぜ,欲望を抑えられないほど私たちの意志は弱いのだろうか(本書より)"