僕らは星のかけら;原子をつくった魔法の炉を探して

僕らは星のかけら―原子をつくった魔法の炉を探して

僕らは星のかけら―原子をつくった魔法の炉を探して

臨床看護2001年9月号 ほんのひととき 掲載
“物質はすべて原子から成り立っている。人間もその例外ではない。私たちの血液には鉄の原子が含まれ,骨はカルシウムででき,呼吸することによって酸素を体内に取り込みながら私たちは生きている。
 だが,このような原子はいったいどのようにして生まれたのだろう。科学者たちは,これらの原子が星の内部の炉で作り出されたことを驚くべき方法で解明した。星の内部奥深くの灼熱のオーブンで焼かれ,その星が年老いて滅すると同時に宇宙に解き放たれたものだ。つまり私たちは単なる比喩ではなく,文字どおり「星のかけら」であった(本書より)"

 本の装丁と題名から,小学生用の童話か理科の副読本のように思われるかもしれません。ところが内容は,原子物理学と天文学の歴史と最新の理論を数式も使わずに正確な内容とわかりやすい記述で解説した科学啓蒙書です(唯一,出てくるのがアインシュタインの有名な E=mc2だけです)。
 著者のマーカス・チャウンさんは1960年イギリス生まれで,カリフォルニア工科大学で電波天文学を専攻し,その後に主に天文学の啓蒙書を中心としたサイエンスライターになって活躍しています。
 本書は,あとがきで訳者の糸川さんが書いているとおりに,原子を作った「魔法の炉」の場所を探すという「謎とき」と,さまざまな時代にその謎ときに貢献した物理学者や天文学者たちの「人間ドラマ」という二本の柱を真ん中にすえて,一種の科学推理小説の趣をもたせています。「次はどうなるのだろう」とわくわくしながら,ページをめくる面白さにあふれています。
 “あらゆる天文学の発見のなかで最も素晴しいものは,星が地球上の原子と同じ種類の原子から構成されているという発見である"という物理学者のリチャード・ファインマンの言葉のもつ意味を,そして“宇宙のことを調べて,物理学と天文学の多くの偶発的な事象が絡み合い,人間にとって有利に作用したことがわかると,宇宙はいずれ人間が出現することを知っていたとしか思えない(フリーマン・ダイソン)"という指摘が,つくづく実感されるような構成をとっています。さらに巻末には用語集や索引をつけて,学習にも使えるような配慮がされています。
 宇宙と地球環境の関係をテーマにした,今年のNHKテレビ特集「未知への大紀行」の第1集「ふりそそぐ彗星が生命を育む」をご覧になった方も多いと思います。そのなかで,月の砂ぼこりから調べた彗星衝突の数と生命種の数の増加曲線が一致することや,彗星衝突による生物種の絶滅によって進化がかえって促進された可能性,さらに太陽系が銀河系の中心を数億年かけて回っていることとが,4億年前から彗星の発生増加とも関係していること,地球上の生命に共通のアミノ酸が左型が多いことと隕石に含まれるアミノ酸の左型優位の一致することなど,生命の起源と進化の宇宙とのかかわりについて,最近の知見がコンピュータグラフィックで描かれていました。
 大陸移動説を初めて提唱したウエゲナーを紹介した『地球の科学』(竹内均著,NHK出版)を30年前に高校生時代に読んだときの知的興奮を,私は本書を読みながら思い出しました。科学的データに裏づけられた,画期的な仮説の証明をわかりやすく,しかも骨のある構成で書かれた本を読むことほど,貴重な体験はないと思います。
 “史上初めて,宇宙の本当の大きさや宇宙の起源がある程度解明されているという非常に恵まれた時代に生きています。我々が生きている間にも,なぜ宇宙が存在するのか,何が宇宙を誕生させたのか,宇宙は最後にどうなるのか,などが解明される可能性があります。この時代に生まれたということは,信じがたい幸運だと思います”という,チャウンさんの情熱がまさに宇宙線エネルギーのように伝わってくるようです。

 “やはり星だ。天上の星が人間の境遇を左右しているのだ”(ウィリアムス・シェークスピア)