太陽の棘

太陽の棘

太陽の棘

"私がいま眺めているのは、一枚の海の絵だ。
みどりと青との二色に、おおまかに分けられた絵。みどりは豊かな島の大地を示し、青は無限の広がりを秘めて静かに広がる海を表している。少し毛羽立った、けれどリズミカルな筆致は、さざ波の上で跳ねている太陽の光を、大地を豊かに覆う夏草を、そのあいだをかき分けて通り過ぎる風を感じさせる。

心も、体も、24歳だったあのころの自分に、ふいに還ったかのように感じることもある。一瞬で移動して、首里の小高い丘の上に佇んでいるような。風が、吹いている。南西風だ"(本書より)

私は研修医4年目の1年間、沖縄県琉球大学で研修しました。30年前、まだ医学部が発足する前の保健学部付属病院での研修は、たいへん思い出深いものがありました。
 そして毎週末に病院の仕事が終わると車に乗って、美しい海へ行き、習ったばかりのシュノーケルでさんご礁の海に潜ることが楽しくてなりませんでした。
 あの頃の夏の陽射しと、海から吹きぬける風を感じさせる本を最近読みました。原田マハさんの『太陽の棘』です。太平洋戦争直後の沖縄の社会状況、さらには駐留米軍を中心とした医療状況を初めてこの本を通じて知ることができました。
 私が研修した時期はすでに沖縄返還から10年は経っていた頃でした。研修の忙しさにまぎれて、沖縄の歴史文化を勉強する余裕がなかった1年間でしたが、本書は私の中の空白を埋めて生きたいと思う契機になりました。