日本の統治構造

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

臨床看護2009年4月号 ほんのひととき 掲載
“政治や政府に対する批判はつきない。政治家は信用できない、見識のある政治家がいなくなった。官僚は嫌いだ。そうした批判を目にしない日はない。
日本では一般に、大統領制では大胆な権力行使が出来るが、議院内閣制では抑制的な権力行使しかできないと思われている。しかし欧米での認識は逆である”
(本書 はじめより)
2009年1月にアメリカ合衆国オバマ大統領就任式が首都ワシントンからLIVEで放送されました。翌日の新聞には、就任演説全文が英文と和文で掲載されました。さらにはCD付きの演説集が緊急出版されてベストセラーにもなりました。
心地よい言葉と、自信にあふれる表情、声、そして的確な現状把握と将来展望に魅惑された方がみなさんのなかにも多いと思います。私もその一人です。
氷点下の厳寒にも関わらず、ワシントンDC・リンカーン記念堂と議会堂のあいだのモールを埋め尽くした100万人もの聴衆の表情は、希望に満ちていました。
大統領宣誓のときにオバマ大統領が片手を置いた聖書は、リンカーン大統領由来の本でした。それを見ながら以前、この欄でも紹介した『リンカーンの三分間』(ゲリー・ウィルズ著)の一節を思い出しました。1993年にピュリツアー賞を受賞した作品で、副題は「ゲティスバーク演説の謎」です。アメリカ合衆国南北戦争の激戦地であり、北軍が南軍を打ち負かして決定的な勝利を得たゆかりの地、ゲティスバーク(ペンシルバニア州)でのリンカーン大統領について書かれた本でした。
リンカーンは世界を変えた。そして知的革命をも生み出した。これはほかのどんな言葉でもなしえなかったことであろう。この奇跡を起こしたのが、彼の言葉であった。ゲティスバークの聴衆を前にして、リンカーンはわずかの間に、いまだに解けぬ魔法をかけた・・・流血と傷跡の中から新しい国家を呼び覚ましたのである”(『リンカーンの三分間』より)
この三分間の演説は、英文でわずか272語ですが、そのなかには「人民の、人民による、人民のための政治」という民主主義の理想を高らかに表現したキーワードを含むことで遍く知られています。
そのリンカーン再現のような、オバマ演説集には政治家の持つ「言葉の力」を感じました。
つい、「それにしてもわが国では・・・」とため息が出てきてしまいますが、ないものねだりをしていても展望は開けてこないのでしょう。
そんなため息の中で読んだ本が、本書『日本の統治構造』です。著者の飯尾さんは政策研究大学院教授で、本書は読売・吉野作造賞サントリー学芸賞を受賞しています。毎日、見聞きするテレビ新聞のマスコミ論調とはちがった視点からみた斬新さに引き込まれて、一気に読んでしまいました。
“独特の官僚内閣制のもと、政治家が大胆な指導力を発揮できず、大統領制の導入さえ主張されてきた戦後日本政治。しかし1990年代以降の一連の改革は、首相に対してアメリカ大統領以上の権能を与えるなど、日本国憲法が意図した議院内閣制に変えた。
その際、あるべき政策については、とりあえず脇に置く。そのうえで、望ましい政策を実現するためには、どのような政府構造を採るべきかを考える。いわば政府の能力を問題にするのである”(本書 はじめより)
医療制度に関しても、学会や医師会での講演会を聞くとほとんどが政府・官僚の無策愚策、現場無視の一方的な押し付け政策への批判ばかりでした。ではどうしたらいいのかという具体的な提案となると、欧米(特に最近は北欧諸国)が引き合いに出されて、日本の後進性が槍玉に上がるという論調が多いようです。
そのなかにあって飯尾さんの見識を読むと、いまの日本の統治構造の中での問題点が、まるで霧が晴れるように浮き彫りにされてくる爽快さを感じることができると思います。ちょっと楽観的過ぎるでしょうか?