ルポ貧困大国アメリカ

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

臨床看護2008年8月号 ほんのひととき 掲載
“「教育」「いのち・医療」「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で回されるようになった時、はたしてそれは「国家」と呼べるのか?私たちにはいったいこの流れに抵抗する術はあるのだろうか?単にアメリカという国の格差・貧困問題を超えた、日本にとって決して他人事でないこの流れが、いま海の向こうから警鐘を鳴らしている(本書プロローグより)”

いま新書としてベストセラーになっている本です。著者の堤さんは米国野村證券に勤務中に2001年9月11日の同時多発テロにマンハッタンで遭遇してから、ジャーナリストになって活躍しています。そのときの経緯をあとがきで次のように述べています。
“9.11テロの瞬間をとなりのビルから目撃していた私の目の前で、中立とは程遠い報道に恐怖をあおられ攻撃的になり、愛国心という言葉に安心を得て、強いリーダーを支持しながら戦争に暴走していったアメリカの人々。(中略)真っ先に犠牲になったもの、それは「ジャーナリズム」だった”
堤さんが東海岸のニューヨーク、ニュージャージー、西海岸のロサンジェルス、そしてハリケーンカトリーナの被害をうけてニューオーリンズで、丹念に取材を続けて書かれたルポが本書『貧困大国アメリカ』です。
題名がまず本屋で目に留まり、そしてしっかりとした視点で書かれた文章に惹かれて買い求めました。
サブプライムローン」問題は遠いアメリカの金融の話と思っている方たちも、本書のプロローグに書かれたカリフォルニアでの銀行による「住宅差し押さえ物件」の取材を読むと、新聞紙上では感じられない生々しい現場の雰囲気を感じることができると思います。
サブプライムローン問題は単なる金融の話ではなく、過激な市場原理が経済的「弱者」を食いものにした「貧困ビジネス」の一つだ。このことばは、貧困層をターゲットに市場を拡大するビジネスのことを指す。アメリカでは中流階級の消費率が飽和状態になったとき、ビジネスが次のマーケットとして低所得層を狙ったシステムである「サブプライムローン」、リスクに無防備な低所得層の人々を”商品”として市場原理に組み込もうとしたことは大きな間違いだった”(本書より)
20年前に私がニューヨークに留学したときには、同世代の家族の自由で豊かな生活をみてうらやましいと思っていました。それが「いまはどうなってしまったんだろう?」と、一抹のさびしさを感じながら堤さんのルポを読みすすめました。
とくに医療保険問題の深刻さは、いままでテレビ新聞報道、あるいはドラマ・映画で垣間見てきたことどころでないことが淡々と描かれています。
“ごく普通の電気会社に技師として勤めていたホセも2005年に破産宣告をされた一人だ。「原因は医療費です。2005年の初めに急性虫垂炎で入院して手術を受けました。たった1日入院しただけなのに郵送されてきた請求書は12,000ドル(約132万円)。会社の保険ではとてもカバーし切れなくてクレジットカードで払っていくうちに、妻の出産とも重なってあっという間に借金が膨れ上がったんです。」ちなみに日本では、4,5日入院しても合計で30万円を超えることはまずない”(本書より)
アメリカの国民一人当たりの平均医療費負担額は、国民皆保険制度のある他の先進国と比較して約2.5倍高く、2003年のデータでは、一人当たり年間5635ドルになるそうです。後期高齢者問題で大きな批判をあびている日本の保険制度も政府の舵取りしだいでは、将来の姿をここに見るようです。
さらにイラク戦争に狩り出される移民を中心とした若者の姿と民営化された戦争の実態、教育現場における「落ちこぼれゼロ法という名の裏口徴兵政策」、貧困層の子どもに多い肥満児の原因である「フード・ファディズム」などを読むと、「世界一豊かで強い国、アメリカはどこなの?」と思うほどで、まさに「貧困大国という題名にうなずきたくなります。