桜 (岩波新書)

桜 (岩波新書)

<花は桜、古来より日本人はこの花を愛し、格別な想いを寄せてきた。里の桜、山の桜。豊かな日本の自然に育まれ、多種多様な姿を見せながら息づく桜は、日本人の美意識を象徴する花といえる。生き物としての基礎知識から、人間・歴史・文化のかかわりまで、私たちの心を捉えてやまない、花の魅力のありかを伝える> (本書 はしがきより)
今年の春もすばらしい桜が咲きました。近所であるいは旅先で満開のサクラを見るたびに、心が踊る日々が過ぎました。
まだ寒い頃から開花予報が発表になり、「桜前線」の北上にお花見予定日を決めたり、当日の天気予報に一喜一憂したり、心騒ぐ日々が4月になると毎年の楽しみになります。
今年は幸運にも京都で学会の時期に満開のサクラを見ることができました。学会の合間を見計らって(笑)、夕方に蹴上のインクライン南禅寺、岡崎疎水、知恩院円山公園祇園・白川の夜桜、そして学会翌日午前中は京都御所京都御苑下鴨神社、半木の道、京都府立植物園と歩き回りました。
そこで気がついたのは、公園や散歩道には染井吉野だけでなく、枝垂れサクラ、カンヒザクラヤマザクラが数多く植えられていたことでした。
なんとなく不思議に思いながら学会から戻って、本屋の新書売場で本書「桜」と出会いました。
<‘染井吉野’は、もともと日本列島に分布していた野生の植物ではなく、ごく近年に広まった栽培植物である。江戸時代末に江戸の染井村の植木屋から「吉野桜」として売り出されたと考えられている。
染井村は現在の東京都豊島区にあった村で、当時は江戸近郊の植木屋が集まる地区であった。大名屋敷などの庭園を管理するための植木職人が集まっており、庭園に用いる栽培植物を数多く生み出した江戸園芸の中心の一つであった。
染井村から売り出された「吉野桜」は、その花付きの良さと成長の早さなどから人気を呼び、明治時代になるとまたたく間に全国に広がることになった。成長の早さ、花が咲くときにはまだ葉が広がらない、散りだす頃に葉が広がるので、咲き始めの頃には淡い色をした花だけが目立つことになる。(中略)
染井吉野’という新たな名称を得たことが、その後の爆発的な増加にさらに影響したと思われる。「東京生まれ」という履歴がつくことになったからである。
地方分権であった幕藩体制が終わり、東京を首都とする中央集権の国家体制が確立していく時期にあたる。‘染井吉野’は植栽に広い空間が必要であることから、学校や神社、公道などの公の場所に植栽されることが多い。
なおその反動もあるだろう。東京に対抗意識を持つ都市、たとえば京都や大阪では比較的‘染井吉野’が少ない。京都御所やその周囲の京都御苑では、‘染井吉野’が植えられていない。伝統的な庭園様式を維持した結果ともいえるだろうが、東京への対抗意識があったと想像してもよいかもしれない。>(本書より)
口絵には16種類の桜の花のカラー写真があり、本文中には植物としての桜の特徴が気候風土との関係、さらには文化歴史とのつながりもわかるように丁寧に書かれていました。来春の桜の頃にはまた違った目でお花見ができそうです。
余談ですが、本書のおかげで本居宣長の一文も視覚的にもよく理解できるようになりました。
<花はさくら、桜は、山桜の、葉あかりて、ほそきがまばらにまじりて 花しげく咲きたるは 又たぐふべき物もなく 浮世のものとは 思はれず (玉かつま 本居宣長)>